第八話_異文化コミュニケーション
「あひゃひゃひゃひゃ!な~に言ってんだバカヤロウ!」
静寂に包まれていたはずの森に、鼓膜を突き破らんばかりの下品な哄笑が響き渡る。
説明するまでもない、我らがユウジの声だ。
なんか装飾が凝った感じのお猪口で酒を飲んでいる。
「バカヤロウ~デスか~?ジャパン語、ワカラナイ・デ~ス。」
どうやらもう一人いるらしいが、耳を掠めるのは何とも形容しがたい、胡散臭いなまりの日本語だ。
聞いていて妙に逆撫でされる、ウザさ全開のトーンである。
「ジャパンてなんだ、この南蛮人が!」
さらに爆笑のボルテージを上げるユウジ。
その言葉通り、相手は海を渡ってきた南蛮人であった。
出島を通じて微妙に開国しているこの時代、珍しくはない存在だが、よりによってこんな獣道の真ん中で遭遇するとは、運がいいのか悪いのか。
「Laughしてないで、エド教えてクダサイヨ~。」
ユウジとは対照的に、南蛮人は泣きそうな顔で困り果てている。
英語と片言の日本語をミックスした、カクテル風の言語で必死に訴えかける。
「江戸?江戸ってか?!ワイも江戸探してんだよバカヤロウ!」
爆笑しながら、親愛の情を込めて(物理的な殺意すら感じる強さで)南蛮人の背中をバンバンと叩くユウジ。
南蛮人の方は、肺の空気が全部漏れそうな勢いで迷惑そうだ。
「チョッ、叩くのダメ!イタイデス!」
その悲鳴でようやく手を止めたユウジだったが、唐突にスイッチが切り替わったように真剣な顔を作り、説教を始めた。
「南蛮人。お前、そんなんじゃこの日本じゃあ生きていけねぇべ?武士道っつーのは死ぬ事や!そんなんで『痛い』なんて甘えたこと抜かしてたら、即打ち首やで?」
どんなディストピア国家だ日本、とツッコミを入れたいところだが、あいにくこの南蛮人も相当な御仁だった。
ユウジの適当なハッタリを全身全霊で真に受けてしまったのだ。
「日本人は漢や!根性の塊やぁぁ!」
お猪口を天に掲げて吠えるユウジに、南蛮人は目を見開いて震え上がる。
「サ、サササ…サムライ日本!感動デ~ス!!」
泣いた。
お猪口を片手に、南蛮人の頬を熱い涙が伝う。
どうやらこの男も、ユウジに負けず劣らずの「脳足りん」であった。
◇◇◇
「おまつさん、どうです?見つかりそうですかね。」
少し離れた位置でユウジを探す松乃信に、清十郎が穏やかに声をかけた。
団子屋を後にしてからかなりの時間が経過したが、一向にユウジの尻尾は掴めない。
当然だ、奴は今、江戸を逆走して森の中を彷徨っているのだから。
「変ねん?アタシの乙女レーダー、さっきからビンビンなんだけどもん?」
首を傾げながら、松乃信が清十郎の方へヌラリと歩み寄ってくる。
「アッチの方から、ユウジさんの『いい香り』がするのよねん?」
松乃信が指さした先には、威勢よく『焼き鳥』と書かれた看板が立っていた。
「おまつさん、それ焼き鳥の匂いじゃないですか?」
笑顔でズバリと指摘する清十郎。
団子屋であれだけ食い散らかした後だというのに、この怪人はすでに次の獲物をロックオンしていたらしい。
「おほ!」
松乃信の口元が、獲物を狙う肉食獣のように歪んだ。
◇◇◇
「AHAHAHA!ユウジサン、面白イ・ヒト・デ~ス!」
その頃、森の「脳足りんコンビ」はすっかり意気投合していた。
「ワイも男じゃけぇのぉ!っつーかジョーイ!テメェも何か面白い話せんかい!!」
相変わらずの力加減で背中を叩くユウジだが、南蛮人―――ジョーイはもう嫌な顔一つしない。
むしろその暴力に、サムライのスピリッツを感じている節すらある。
「OH!丁度ヨカッタデ~ス!ワタシ、実は宣教師ナンデスヨ。知ってマスか? 宣教師?」
「知らねぇ。テメェの存在自体、今知った。」
即答。
しかも無慈悲なまでの拒絶。
「イタイデ~ス、何か心がイタイデ~ス…。」
流石のジョーイもこれには傷ついたようだ。
ショボンと肩を落として落ち込んでしまう。
「そんな事よりよ、そろそろ森から出たほうがいいんじゃねぇか?」
ジョーイに話を振っておきながら、飽きたら即座に切り捨てる。
自分勝手の極致を行くユウジだが、ジョーイも筋金入りの脳足りん。
そんな扱いの酷さは一瞬で忘却の彼方だ。
「YES!そうだっタ・デス!江戸行きたいデスよ、ワタシ。」
パッと顔を輝かせて腰を上げるジョーイ。
ユウジが来た道を戻れば江戸に辿り着けるはずなのだが、この二人の頭脳にそんな論理的な思考は存在しなかった。
「実はワイもなんや。どうや?手分けして探すってのは。」
「2人で探せバ、すぐ見つかるデスね!頭イイです、ユウジサン!」
手を叩いて大げさにユウジを褒め称えると、二人は周囲をキョロキョロと見渡した。
「んじゃワイはこっち。ジョーイ、お前はあっちや。」
適当に指をさすユウジ。
「分かったデ~ス!」
こうして二人は、互いに反対方向へと歩き出した。
ユウジは(奇跡的に)江戸方面へ。
そしてジョーイは…。
「江戸はこっちデスか~?」と鼻歌を歌いながら、光の届かない森のさらなる深淵へと消えていった。




