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第七話_骨砕牙

「どうだ、これでも俺がユウジに勝てねぇと言えるか?」


ひとしきり笑い終えた後、肉塊の転がる地下牢で半蔵が問う。

両目は眼帯と髪に隠れて伺い知れないが、その口元が愉悦に歪んでいるのは確かだ。


「へ、へへ…。半蔵の旦那ぁ…スゲェッスわ。」


無残に散らばった死体を見つめ、シンジは顔を引き攣らせていた。

裏社会で生き、死体を見るのは初めてではない。

だが、これほど悲惨な光景は初めてだ。

人間が斜めに、それも紙細工のように真っ二つになるなど、滅多に見られるものではない。


「で、どちらが『上』だと思う?」


半蔵が重ねて問う。

会話をしていた時は単なる「不気味な男」程度にしか感じていなかったが、この惨劇を見せつけられた後では、半蔵の残忍さと肌を刺すような威圧感を認めざるを得なかった。


「しょ、正直ワシじゃ分かんねェッスわ…。」


未だに震える声でシンジが呟く。


「ワシぁアニキと長いこと一緒にいるんでやすが…、一度もアニキの『本気』を見たことがねぇんスわ。」


そこまで言って、シンジはニヤリと笑った。

それは楽しげな笑みではない。

最強と信じて疑わないユウジと、目の前の怪物・半蔵。

この二人が刃を交えるという、想像を絶する領域に対する「武者震い」に似た緊張の笑みだった。


「ハッ!いいぜ、最高の答えだシンジ!そのユウジの本気がどれほどか…この眼で確かめさせてもらおう。」


シンジから視線を外し、半蔵は闇の奥へと歩き出す。


「今、この伊田陀鬼屋最強の刺客をユウジへ差し向けた…。お前のアニキ、奴を超えられるか?」


遠ざかる背中に向けて、シンジは誇らしげな笑みを浮かべた。


「アニキは最強ッスよ…。その刺客さんが死なないことを祈ってますぜ。」


むせ返るような血の臭いが充満する地下室に、再び半蔵の低く鋭い笑い声が響き渡った。


◇◆◇


「…死体の処理は終わりましたか?」


数時間後。

地下牢から戻ってきた下っ端へ、石田が声をかけた。


「へ、ヘイ…。」


蚊の鳴くような、力ない返事。

下っ端は、何かに怯えきった様子で肩を震わせている。


「どうしました、そんな青い顔をして?」


石田が怪訝そうに尋ねると、下っ端はせり上がってくる不快感を堪えながら語り始めた。


「地下の死体…ありゃあ、酷い状態ッスよ…。あんなの、まともな人間の仕業じゃねぇッス…。」


思い出しただけで胃の底がひっくり返りそうになる。

話すそばから顔を強張らせ、下っ端は続けた。


「だって、真っ二つなんですよ!?斜めに、骨もろともスパッと!なんなんですかアレは!?」


涙目になって訴える下っ端に対し、石田は静かに口を開いた。


「…『骨砕牙こつさいが』。聞いたことはありますか?」


聞き覚えのない単語に、下っ端は眉を寄せる。

石田は地下牢の奥を睨み据えながら、ゆっくりと説き明かした。


「半蔵様がいている、あの長刀の名ですよ。あの異様に長い、漆黒の刀です。」


―――骨砕牙

その名の通り、肉を断つだけでなく「骨を砕き斬る」ために鍛えられた牙。

通常の刀の一点五倍はあろうかという長大さと、異常なまでの重量、そして頑丈さが特徴だ。

硬い骨をも容易く粉砕し切断するためにそのスペックが必要なのだが、その特殊な形状ゆえに扱える人間などまず存在しない。

常人離れした剛腕と、その長刀を自在に振り回せるだけの狂気的なセンスを併せ持った者―――。


「あの銘刀『骨砕牙』をぎょせるのは、江戸広しといえど半蔵様だけでしょう。」


半蔵のいるであろう二階を見上げ、石田は最後に独り言ちた。


「人間を…骨ごと真っ二つにか。恐ろしい人だ…。」


◇◇◇


その頃、ユウジは……。


「…なんや、ここ。さっきもこの変な形の木、見た気がするのぉ。」


自信満々に奉行所を飛び出し、「伊田陀鬼屋の首を取りに行く」と豪語していたユウジ。

しかし、どういうわけか奉行所とは正反対の方向にある「鬱蒼とした森」のど真ん中で、完璧に迷子になっていた。


「クソッ…伊田陀鬼屋の野郎、ワイが来るのが怖くて道を捻じ曲げよったな!?せこい真似しやがって!」


方位磁石も地図も持たず、ただ「新しい刀」を抱えて藪を掻き分けるユウジ。

最強の刺客が迫っているとも知らず。

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