表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/57

第四話_どちらが上か

「オイ、本当にそれが伝説なのか?」


黙って聞いていた半蔵だったが、流石に限界だった。

意味不明な阿呆の昔話をこれ以上聞かされても、時間が無駄になるだけだ。


「甘いッスわ、半蔵の旦那!アニキの『渋さ』が分からねぇようじゃ、旦那は一生アニキにゃ勝てませんぜ?」


どの辺りに渋みがあったのかは全江戸を探しても不明だが、シンジは揺るぎない自信に満ちている。


「ハッ…面白ぇ」


半蔵は鼻で笑い、立ち上がった。

無言でシンジから離れ、隣の牢に繋がれていた男へ視線を向ける。


「おい。俺に勝てたら、ここから出してやるよ」


半蔵は腰の小刀を抜き、不思議そうに見守るシンジを尻目に、格子越しに男へ投げ込んだ。


「本当か…!?」


精根尽き果て、ただの泥人形のように座っていた隣の囚人が初めて声を上げた。


「なんやテメェ!さっきまでワシが話しかけても無視しとったクセに!」


叫ぶシンジに、隣の男は冷たく言い放つ。


「黙れ。お前のような痴れ者と話すのは、体力を減らすだけだ。」


ギャーギャーとわめくシンジを放置し、男は投げ込まれた小刀を抜いた。

その顔には、狂おしいほどの歓喜の笑みが浮かんでいた。


「半蔵…この時を、どれほど待ちわびたか…!」


牢の鍵が外され、男は半蔵の前に立つ。

刀を構えるその姿は、先ほどまでの衰弱を感じさせない。

呼吸は静まり、濃密な殺気が地下牢を埋め尽くした。


「…狭所戦闘を得意とする『有流閉派ありゅうへいは』の構えか。」


「知っているか。あの時は不意を突かれたが、今回はそうはいかんぞ!」


男は水の流れるような動きで刀を滑らせる。

古くから伝わる忍の剣術『有流閉派』――狭い場所であればあるほどその真価を発揮する暗殺術だ。


「貴様のその無駄に長い刀では、ここでの取り回しは不利。死を覚悟しろ。」


男は笑みを浮かべ、半蔵の左手にある長刀を睨む。

抜刀すらしていないその長刀は、確かにこの狭い廊下では障害物に当たって使い物にならなそうに見える。


「あんだぁ?半蔵の旦那、何やってんスか!?」


隣の牢から叫ぶシンジに、半蔵は不敵な笑みを返した。


「俺がユウジより上か下か…、その目に焼き付けてやるよ。」


絶対的な暴力の王としての自信。


「余所見をするな!」


瞬間、男が踏み込んだ。

流れるような動きから放たれる、鋭い回し蹴り。


半蔵は紙一重で後方へ下がり、それをかわす。

だが、男の攻撃は終わらない。

空振った蹴りの回転をそのまま刀の旋回へと繋げ、速度を乗せて半蔵の喉元へ斬り込む。

裏へ下がって体勢を崩した状態では、回避不能。


「死ねぃ、半蔵!」


小刀の切っ先が半蔵の首筋を捉えた、と思われた刹那。


ガキィィィィィィィン!!


硬質な金属音が地下に響いた。

小刀の刃は、抜刀もされていない長刀の「鞘」によって完全に受け止められていた。


「チッ!」


男は衝撃を利用して即座に飛び退き、距離を取る。

少し欠けた鞘を元の位置に戻し、半蔵はニヤリと笑った。


「いい動きだ。腕は鈍っちゃいねぇようだな。」


「ほざけ…貴様を殺すまでは、死神も俺を素通りする!」


男の目は血走り、執念が殺気をさらに研ぎ澄ませていく。

一方、シンジはポカンとした目で二人を見つめていた。

目の前で繰り広げられる、一見静かだが超常的な死合いに言葉を失っている。


「家族の仇…、ここで討たせてもらうぞ!」


男は咆哮し、弾丸のように踏み込む。

顔面を狙った突きを、半蔵は僅かに屈んで回避。

男はそのまま回転し、低空からの下段蹴りを叩き込む。


「甘ぇ!」


半蔵は地面を蹴って宙へ舞った。


「甘いのは…、」


下段蹴りの勢いを殺さず、男は小刀を逆手に持ち替える。


「貴様だぁ!」


空中で回避行動が取れない半蔵を、下から上へと一閃。

小刀が半蔵の体を両断する―――はずだった。


ガッ!!


またしても、男の刃は「鞘」に弾かれた。


「いや…、」


「甘いのは……、」


男が驚愕で見上げた先、半蔵が空中で鞘を逆手に握り直していた。


「…お前だぜぇ!」


落下の重力と腕力を一点に集中させ、半蔵は鞘の先端を男の額に叩きつけた。


「ぐあぁっ!」


凄まじい衝撃に男がのけぞる。

額には、鞘の丸い跡が鮮明に刻まれた。

地面に着地すると同時に、半蔵は男の額から鞘を引く。


…いや、引いたのは鞘だけだった。

鞘を男の額に残したまま、半蔵の長刀が「抜刀」される。

男が額を押さえてよろめいた瞬間、抜けたばかりの刀身が男の肩口に吸い込まれた。


「死ねぃ!」


半蔵の咆哮と共に、力が込められる。

長刀は抵抗なく肉を、骨を断ち割り斜め下へと突き抜けた。

時が止まったかのような静寂。

男は目を見開いたまま、動かない。


やがて、その上半身が重力に従い斜めにゆっくりとズレていく。

滑らかに切断された肉体から一呼吸遅れて大量の鮮血が噴き出した。

骨すらも豆腐のように切り裂く斬撃。

地面に転がった下半身からどろりと内臓が広がり、地下の床を真っ赤に染め上げた。


「あ…ああ…あぁ……。」


声にならない呻きを漏らすシンジを、返り血を浴びて真っ赤に染まった半蔵が振り返る。


「フフ…ハハハハハ!どうだシンジ?俺とお前のアニキ…どちらが上だ!?」


刀を血溜まりに落ちた鞘へと収め、狂ったように笑う半蔵。

その姿はもはや人間ではなく、血に飢えた鬼そのものだった。

むせ返るような死臭と、半蔵の哄笑だけが地下牢の闇の中にいつまでも響き渡っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ