第一話_シンジと半蔵
「ぎゃははははは!」
地下室に、シンジの正気を疑うような大爆笑が響き渡る。
額に血管を浮かせ、のたうち回りながらシンジは続けた。
「弱ぇ!弱すぎんよおっさん!脳みそスカスカかよぉぉ!!」
地面を転げ回りながら、シンジは止まらない。
「半蔵ってヤツぁ、いつもニコニコしてるデブなんだよバカヤロウ!このシンジ様がそんな見え透いた嘘に騙されるかっつーの!」
とんだ勘違い野郎である。
彼はまだ、目の前の眼帯の男ではなく、あの「石田」こそが半蔵だと信じ込んでいた。
「ハ…ハッハッハッハ!!」
その言葉を聞いて、今度は眼帯の男――本物の半蔵が笑い出した。
二つの笑い声が冷たい地下室に共鳴する。
だが、半蔵が笑いを止めた瞬間、空気の温度が氷点下まで下がった。
シンジの喉元に、抜刀の音もなく刀が突きつけられる。
「…勘違いしてんじゃねぇぞ?」
笑いの消えた暗がりに、半蔵のドスの利いた声だけが這うように響く。
刀を向けられたシンジは、文字通り石のように硬直した。
「二度と間違えるな。この俺が…半蔵だ」
眼帯越しでもビンビンと伝わる圧倒的な殺気と威圧感。
流石のシンジも本能で「死」を悟ったのか、顔を引きつらせ脂汗を流した。
「ヘ…ヘヘ、分かりやしたぜ、半蔵の旦那ぁ…。」
消え入りそうな声で答えると、半蔵はゆっくりと刀を引いた。
「俺の首を取りに来た…と言ったか?」
先ほどよりは穏やかだが、依然として逃げ場のない重圧を孕んだ声で半蔵が問う。
「YES!ガッツリ取りに来やしたぁぁ!」
親指をビシッと立てて叫ぶシンジ。
立ち直りが早いのか、ただの馬鹿なのか。
とりあえず、清々しいほどの正直者であった。
「ほう…。」
半蔵が少し嬉しそうに呟く。
その瞬間、シンジの生存本能がようやく「マズい」と警報を鳴らした。
「って…ギャグっすわぁ!半蔵の旦那ぁ。旦那の首なんて恐れ多くて、盆の上に載せるのも無理ッス!」
必死の弁解。
だが、半蔵はそんな言葉など微塵も聞いてはいなかった。
「命令したのは御奉行だと聞いたが?」
「間違いねぇッス!もう奉行が…って、ギャグだって言ったじゃねぇッスかぁぁぁ!?」
一人で無意味なノリツッコミを繰り返すシンジを尻目に、半蔵の口角が愉悦に歪む。
「面白ぇ…最高に面白ぇぜ。で、お前ら二人だけなのか?刺客はよぉ?」
身を乗り出す半蔵に、シンジは観念したように答えた。
相手に嘘が筒抜けだと気づき、もう無駄な足掻きはやめたらしい。
「二人だけッスわ。むしろ、二人で十分ってヤツ?」
再び親指を立ててドヤ顔を決めるシンジ。
なぜここまで得意げになれるのかは永遠の謎である。
「十分だと?」
半蔵が眉を潜めると、シンジはさらに胸を張った。
「いや、むしろアニキ一人で十分ってヤツ?」
ニヤリ、と半蔵の口元が緩む。
「なんせアニキは最強の虎じゃけぇのぉ!伝説の一匹狼じゃぁぁ!」
虎なのか狼なのか、生態系すら無視した例えだが、とりあえず「凄まじく強い」ということだけは伝わったようだ。
実際はあんなだが…。
「アニキの伝説ぁ、どれもヤベェですぜ半蔵の旦那。聞きてェッスか? 」
ユウジの話になった途端、シンジのテンションは最高潮に達した。
目をキラキラさせて詰め寄るシンジに、半蔵は場に腰を下ろした。
「ハッ、いいぜ。聞こうじゃねぇか」
左手に持っていた異様に長い刀を横に置く。
「フヘヘ…待ってやしたぜ、そのセリフ!」
ニヤリと笑うと、シンジはゆっくりと語りだした。
ユウジの、血と汗に塗れた伝説を…。




