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第十七話_目的を思い出したライオン

「あ~はっはっはっはぁ!おまつ、最高やぁ! お前、見た目はアレやけど、金払いは江戸一番やな!」


壁に「凛の形の穴」が開いたボロボロの店内で、ユウジは大爆笑していた。

その向かいには、白粉を塗り直して満足げな松乃信が鎮座している。


「あんら? アタシ、ユウジさんのためなら奉行所だって火の海にしちゃうわよん?」


ニヤリと笑う松乃信の顔面は、相変わらず悪夢のような破壊力だ。

ユウジはそのキモいウィンクを華麗にスルーし、机に置かれた財布(もとは自分の金だが、松乃信が拾ったもの)をガシッと懐に収めた。


「そういえば、ユウジさん?」


ユウジの湯呑みに、どぼどぼと安酒を注ぎながら松乃信が首を傾げた。


「あんだバカヤロウ!飲み足りねぇってか!?」


「いえ…。今日、シンちゃんは一緒じゃないのん?」


瞬間。ユウジの手から湯呑みが滑り落ち、机の上に酒の海が広がった。

ユウジは、焦点の合わない死んだ魚のような目で松乃信を見つめた。


「あ…あんつった…?」


「え? だから、シンちゃんは…。」


「シンジィェァァァァァァァァ!忘れとったあぁぁぁぁ!!」


突如として店内に響き渡る断末魔のような叫び。

ユウジは血走った目で立ち上がり、松乃信の肩を掴んで激しく揺さぶった。


「おまつ!ワイは今からシンジを救出し、ついでに半蔵とかいう野郎を八つ裂きにしてから、江戸湾の魚のエサにしてくる!お前はここでお代を払って待っとけい!!」


今まで存在すら忘れていたくせに、思い出した瞬間に「悲劇のヒーロー」を気取るユウジ。

松乃信が乙女な顔で頷くのを確認するや否や、彼は店を飛び出した。


「シンジ!ワイは…ワイはお前のこと一秒たりとも忘れてへんかったぞ!ライオンは我が子を千尋の谷に突き落とすんや!ワイもライオン、百獣の王なんやぁぁぁ!!」


絶叫しながら大通りを爆走すること二十メートル。

ユウジはバテた。


「ゲホッ、オェッ…!飯を食った直後の…猛ダッシュはいかんのぉ…。シンジ、ワイが行くまで…命を繋いでおけよ…。」


肩を上下させ、腹を押さえながらユウジはよろよろと歩き出した。

シンジが待つ伊田陀鬼屋へ…。


だが、その進行方向は伊田陀鬼屋とは真逆の「江戸の出口」へと向かっていた。


◇◇◇


「アニキ、遅いのぉ…。」


その頃、シンジは伊田陀鬼屋の地下にある即席の牢獄に放り込まれていた。


「っていうか、なんで民間の屋敷に牢屋があるんじゃ!ここは奉行所かバカヤロウ!コンプライアンスはどうなっとるんや!」


牢の格子をガンガンと叩き、シンジは空腹と孤独に吠えていた。


「アニキィィ…ワシぁ、寂しくて寂しくて、死んじまいそうですぜぇぇ…。」


その時。

地下室の重い扉がギィ…と不気味な音を立てて開いた。

シンジの顔がパッと明るくなる。


「待ってましたぜぇ!今日の飯は何じゃ!?カツ丼かぁ!?」


「…まだ、飯にゃあ早すぎるんじゃねぇか?」


現れた影から発せられたのは、シンジの期待を裏切る、地獄の底から響くようなドスの利いた声だった。


「飯じゃねぇのかよ!期待させんなっつーの!ってか、テメェ誰じゃああ!?」


シンジの牢の前に立った男は、不敵な笑みを浮かべていた。

だが、その顔には異様な特徴があった。

両目に眼帯をしているのである。


「…ぎゃはははは!な~んでテメェ、両目とも眼帯してんだよ!鼻の穴で前を見てるんか!?頭悪ぃ!脳みそがプリンになっとるぞこの人ぉぉ!!」


初対面の、それも殺し屋の首領相手にフルスロットルの暴言を吐くシンジ。

男は微動だにせず、ただ低い声で名乗った。


「初めて会うな…。俺が伊田陀鬼屋の頭、半蔵だ。」


◇◇◇


「伊田陀鬼屋はどこやって聞いてんのやぁぁ!!」


その頃、ユウジは町外れの大通りで、通りすがりの中年男性の襟元を掴みブンブンと振り回していた。


「な、なんなんですかぁ!知らないと言ってるじゃないですか!放してください!!」


怯えまくる男性は、絵に描いたようなヘタレ町人だった。


「あんだと!?お前、さてはスパイやな?伊田陀鬼屋から放たれた、ワイを迷子にさせるための工作員やな!?」


「知らないですよぉぉ!」


泣きべそをかいた男性が、必死にユウジの手を振り払おうとした。

その手が、偶然にもユウジの鼻面を捉える。


「…ぎゃああああ!」


たかだか町人の「抵抗」を受けただけで、ユウジは鼻を抑えて地面に転がった。

ヘタレの純度が、日に日に増している。


「テメェ…ぶっ殺す!!」


鼻血を拭い、血管をブチ切れさせて立ち上がるユウジ。

腰の刀(があった場所)に手をやるが、そこにあるのは虚無だった。


「あん…? 刀が…ねぇ…。」


ユウジが虚空を掴んでいる間に、町人は一目散に逃げ去った。

一人残されたユウジは、呆然と呟く。


「奉行所か…。あの御奉行、ワイが寝てる隙に刀をネコババしやがったな?」


質屋に入れたことなど一ミリも思い出さないユウジの中で、全ての元凶は「奉行所」へとすり替えられた。


「ワイの聖剣を奪いやがって、あのクソカスがぁ!挽き肉にして、江戸川に流してやんよぉぉ!!」


逆恨み全開のユウジは、火のついたロケットのごとき勢いで、元来た道を―――奉行所へと引き返した。


そして数分後…。

奉行所の門前で大暴れしたユウジは、当然のように捕まった。

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