第十五話_最強の刺客
「凛…ッ!?」
石田は絶句し、その場に崩れ落ちそうになった。
伊田陀鬼屋に担ぎ込まれたのは、あの美しき暗殺者・凛だった。
しかし、そこにかつての美貌の面影はない。
顔面は紫色の腫れに覆われ、まるで重い病にかかったかのように変わり果てている。
「ど、どうしたんですか、これは!いったい何が起きたというのです!?」
「へ、へい…それが、ユウジという男に接触を試みた直後、爆音と共に壁を突き破って…。」
あの現場を物陰から一部始終(肝心な部分を除く)を見ていた下っ端の報告。
それを聞き、石田は怒りに任せて拳を壁に叩きつけた。
「ユウジ…!敵とはいえ、女子に、これほどまでの非道を…!!」
歯を食いしばる石田。
あいにくシンジは地下で爆睡しており、この重苦しい空気の中に野次が飛んでこないことだけが救いだった。
その時。
カツ…カツ…。
背後から、腹の底まで響くような足音が階段を下りてくる。
石田は弾かれたように振り返った。
「『左足の義彦』、『蝋人形の義吉』、『誘惑殺の凛』。伊田陀鬼屋の四強のうち三人が、たった一人の男に潰されるとはな…。」
現れたのは、伊田陀鬼屋の首領――半蔵である。
「は、半蔵様…!?」
「見ろ、石田。凛の腰にある小刀を。」
半蔵が、気を失った凛の帯に差されたままの武器を指し示した。
石田はハッとして目を見開く。
「凛は…小刀を抜く暇さえ与えられなかった。戦意喪失どころか、抵抗の意志を示す時間すらなかったってことだ。相当だぜ、そのユウジとかいう男はよ…。」
ニヤリと笑う半蔵。
だが、実際に凛を「クチャクチャ」にしたのが『め組』の松乃信だとは知る由もない。
「女子相手に、躊躇なく拳を叩き込む冷酷さと圧倒的な速度…。フフ、面白ぇ!実に面白ぇじゃねぇか!!」
その時、布団の上の凛が、か細く目を開けた。
「凛!大丈夫ですか、凛!!」
石田がすがりつくが、凛の意識は遠く、ただ虚空を見つめて唇を震わせる。
「…ん? 何だ凛。何を言いたい?」
半蔵が耳を寄せると、凛は消え入るような声で囁いた。
「…に…人間じゃ…ないわ…。かい…ぶつ…。」
そのまま、凛は再び深い闇へと落ちていった。
「『怪物』だと…?凛にここまで言わせるとはなぁ!ハーッハッハッハッハ!!」
半蔵の哄笑が響く中、石田は己の不甲斐なさに唇を噛んだ。
「半蔵様!私に、私にユウジの捕縛を…!!」
責任を取ろうと歩み寄った石田。
しかし、次の瞬間、彼の喉仏に冷たい鋼の感触が走った。
抜刀の音すら聞こえなかった。
半蔵が異様に長い日本刀の切っ先を突きつけている。
「石田…。今の抜刀すら見切れないようでは、ユウジとやらに殺されに行くようなもんだぜ。…お前にはお前の役割があるだろう?害虫の駆除はプロに任せろ。」
ゆっくりと刀を納める半蔵。
石田は全身から滝のような汗を流し、その場に膝を突いた。
「清十郎!」
半蔵が叫ぶと、どこからともなく少年のような声が返ってきた。
「はい。およびですか?」
石田が驚いて顔を上げると、いつの間にか目の前に一人の少年が立っていた。
名を、朽木 清十郎。
人呼んで『皆殺しの清十郎』という。
十五歳にも満たない童顔だが、その身に纏う空気はこの場の空気を氷点下まで凍りつかせるほど鋭い。
「話は聞いていたな。お前の目で、その『怪物』の真偽を確かめてこい」
清十郎は無言で歩み寄り、腫れ上がった凛の顔を静かに見下ろした。
「可哀想に凛さん。ひどい男ですね、そのユウジという人は…。」
「ハッ、お前よりはマシじゃねぇか。命を奪わなかっただけよ。」
半蔵が鼻で笑うと、清十郎は無邪気な笑顔で首を振った。
「失礼ですね。僕は女の子には手を出しませんよ。それに…殺すときは一瞬です。苦しむ暇も与えませんよ。」
半蔵は、腰の別働刀を清十郎に放り投げた。
「今日だけは刀を解禁してやる。だが、ユウジは殺さずに連れてこい。…いいな?」
清十郎はそれを片手で受け取ると、半蔵と石田に向かってにっこりと微笑んだ。
「じゃあ、行ってきますね。」
その背中が伊田陀鬼屋ののれんをくぐった瞬間、石田は止まっていた息をようやく吐き出した。
伊田陀鬼屋四強の最後にして最強――純粋な殺人鬼が、人混みの中に消えていく。




