第三話_不器用な武士(もののふ)
「ぎゃあああああ!」
本日2度目の「奉行所からの放り出し」を喰らい、二人は宙を舞った。
派手に転げ、江戸の砂ぼこりが口の中を満たす。
「ったく、またテメェ等かよ…。」
目の前に立ちはだかるのは、もはや顔なじみになった例の門番だ。
「ヘヘ…、すいやせんねぇ、お役人様ぁ。」
立ち上がって後頭部を掻きながらヘコヘコするシンジに対し、ユウジの方は白目を剥いて微動だにしない。
これだけ恰幅が良いのに、実はシンジよりも遥かに衝撃に弱いという燃費の悪い体質なのかもしれない。
「いいか?次はねぇと思え。次ここで抜刀(の真似事)をしたら、その時は石抱の刑だぞ!」
門番が吐き捨てて奥へ消えると、シンジは「ヘヘッ」と気まずそうに会釈し、死体のようなユウジの足首を掴んでズルズルと引きずりながらその場を後にした。
◇◇◇
「…ワイ等、これでもう江戸中のお尋ね者になっちまったな。」
夕暮れの河原。
川面に石を投げながら、ユウジは黄昏れた声で呟いた。
実際には「お尋ね者」どころか、役人たちの間では「またあのバカたちが来た」と失笑を買っている程度なのだが、彼の中では完全に「幕府を敵に回した大罪人」の気分である。
「へへ…、ワシはアニキと一緒なら、地獄でもどこまでもついていきやすぜ!」
「…例え、天下の往来を、お天道様を二度と拝めなくなっちまっても…か?」
鼻をすすり、覚悟を決めたようにコクリと頷くシンジ。
はにかんだような笑みを浮かべたその瞬間。
「ぎゃああああ!」
シンジの体が、重力に逆らって宙を舞った。
本日何度目かの噴水のような鼻血が、夕日に照らされてキラキラと輝く。
「愛じゃあ!愛の拳じゃい!!」
大粒の涙をボロボロと溢しながら、ユウジは振り切った拳を天に掲げた。
眩しい夕陽が、ちょうど彼の拳の真上で後光のように輝いている。
「シンジィ!ワイはのぉ、お前にはまっとうに生きてもらいたいんや!ワイみてぇな時代遅れの、刀一本でしか語れぬ不器用な武士じゃのぅて、まっとうな人間になって欲しいんや!!」
ユウジの慟哭が河原に響き渡る。
「だから…カタギになって、がっぽり稼いでワイに楽させてくれぃ…。」
それまでの鬼の形相が、一瞬で聖母のような(あるいは悪魔のような)慈愛の笑みに変わった。
まさに飴と鞭。
暴力と搾取のハイブリッドである。
「ア…アニキィィィ!」
シンジは号泣した。
「自分がただのATMとして期待されている」という事実を、彼の脳細胞は一切感知していない。
ただ「アニキが自分の将来を案じてくれている」という一点にのみ、魂が震えているのだ。
「ワイはしばらく修行の旅に出る。お前はその間に立派なカタギになって、大金を手にしておけよ…。」
ユウジは、最後に一度だけ優しくシンジの肩を叩くと夕陽に向かって背を向けた。
「アニキの背中が、泣いている…ッ!」
遠ざかっていくユウジの丸まった大きな背中を、シンジは涙で見送った。
「ア…アニキィィィィ!」
叫ぶシンジの声も、もうユウジには届かない。
ユウジの巨躯がゆっくりと土手の向こう側へ消えていく。
その後…。
年端もいかない少年に金をせびっていたユウジは、隣町の岡引に「不審者」としてあっさり捕った。




