第十二話_誘惑殺の凛(2)
「…色気じゃダメね。次は『同情』を誘って、懐に潜り込むわ。」
凛はさらに別の着物に着替え、物憂げな表情でユウジに近づいた。
「あの…すみません。私、長旅で宿を探しているのですが…。」
ここにはユウジ以外誰もいないはず。
だから確実に自分が話しかけられたと分かるはずなのに、ヤツは気付かないフリをして足早にその場を去ろうとしている。
「ちょっ…、待って!」
たまらず凛はそんなユウジの袖を引っ張る。
流石にそこまでされたら立ち止まらざるを得なくなったユウジが、怪訝そうな顔で凛を睨みつけてくる。
「道に迷ってしまい、心細くて。厚かましいのは承知ですが、貴方様のようなお強い方の御宅に、一晩だけでも置いていただけないでしょうか…?」
瞳を潤ませ、今にも折れそうな弱々しい女一人旅を演じる凛。
もちろん、普通の男ならイチコロだ。
だが、ユウジは鼻を鳴らし一瞥もくれずに吐き捨てた。
「あぁん?宿ならそこら中にあるやろ。」
「そこをなんとか…! お礼はいたしますから…っ。」
凛がさらに食い下がると、ユウジは面倒くさそうに顔を歪め、ついに本性を剥き出しにした。
「しつこいんじゃボケェ!文無しに用はねぇ!死ねっ!!」
これ以上ないほどの罵言を浴びせ、ユウジは踵を返す。
(…っ!?この、救いようのないクズが…!!)
凛の眉間が怒りでピクリと跳ねる。
だが、ここで引き下がるわけにはいかない。
彼女は瞬時に、懐からずっしりと重みのある財布を取り出し、ユウジの背中に向けて音を立てて振ってみせた。
「お宿代として、このくらいは『お気持ち』として差し上げるつもりでしたのに…。」
ジャラリ、という硬貨が擦れ合う音が響いた瞬間。
ユウジの体が、まるで強力な磁石に引かれるように、不自然な角度で真後ろに反転した。
「お嬢さん、ワイも鬼やない…。困ってる人間を放っておけるわけないんやで?」
先ほどの暴言が嘘のように、ユウジは瞳を潤ませた。
その変わり身の速さは、もはや芸術の域である。
彼はもはや凛の顔など見ていない。
彼女の差し出した財布を食い入るように見つめている。
「ここがワイの家や…。好きに使ってくれぃ!」
殴り書きの地図を凛に押し付けるユウジ。
その流れで財布を力強く握りしめる。
「金は『預かり金』としてもらっておくで?」
さすがに財布ごと全て渡す気のなかった凛は、持つ手に力を入れる。
だが、それ以上の力で奪い取ろうとするユウジ。
「離せぃ!コレはワイのモンじゃぁぁ!!」
隠す気ゼロ。
ただ金が欲しいだけのクズである。
相手の同意を得ず、力任せにひったくると、彼は眩しい笑顔で凛から距離を取る。
そして、「達者でのぉぉぉ!」と、泣きながら(喜びで)走り去ってしまった。
一人河原に取り残され、地図を持ったまま立ち尽くす凛。
(なんてヤツなの…。でもとりあえず、その『家』に行ってみるしかなさそうね。何か打開策があるかもしれないし。)
大きく溜息をつき、彼女は地図をみやる。
ひどい絵だが、一応は場所の特定はできそうだ。
◇◇◇
地図の場所へやってきた凛は、あまりの光景に呆然としていた。
「な…何よ、コレ?」
そこにあったのは、その辺の流木やゴミを適当に組んだだけの、ボロボロの物体。
風が吹けば倒れそうなその塊には、墨で『ユウジ&シンジ』と大きく殴り書きされている。
(…私の財布。そこそこ金貨を入れておいたはずだけど。それを、この『ゴミ』と交換させられたっていうの…?)
凛はうつむき、怒りを通り越した虚脱感から肩を揺らして笑い出した。
「あはは!許さないわユウジ!私をここまでコケにして。絶対に、地獄を見せてあげる…!!」




