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第十話_三人目の刺客

「ろ、蝋人形の義吉までもが!?」


同時刻。

伊田陀鬼屋の石田は、三度目の敗北報告を受け膝から崩れ落ちていた。


「義彦に続いて、兄の義吉までも。何者なんだ…そのユウジという男は。もしや、奉行所が隠し持っていた、伝説の始末屋なのか…?」


深刻な面持ちの石田から少し離れた場所で、柱に縛られたシンジが「待ってました」と言わんばかりに爆笑する。


「何者かって?半蔵さんよぉ、よく聞けぇ!ワシのアニキこそが、江戸八百八町を震撼させる最強の漢なんじゃああ!!」


そのアニキが子供を誘拐してただけってことなど露ほども知らないシンジは、もはや無敵の気分である。


「…最初に攻めてきた時は死ぬほど弱そうだったのに。どういうことですか、石田さん?」


下っ端の男が訝しげに尋ねるが、石田は答えられない。


「…実力者の義彦、そして狡猾な義吉が敗れた。やはり、ユウジは相当な腕利きだと断定せざるを得ません。力で勝てぬなら、次は『精神』を…奴の理性を根こそぎ奪うしかありません。」


石田の口元に、不気味で冷酷な笑みが浮かんだ。


◇◇◇


途崎みちさき りんは、武家の娘であった。

素朴な幸せは、六歳の時に盗賊によって呆気なく崩壊した。

両親を失い、親戚をたらい回しにされ、最後は施設に捨てられた。

だが、彼女には一つだけ過酷な運命を生き抜くための武器があった。

母譲りの美しい容姿である。

凛は、血の付いた小刀をゆっくりと鞘に収めた。

目の前には、名家の中年男が白目を剥いて絶命している。

外傷は首筋の小さな一点のみ。

美しく、無慈悲な仕事だった。


「ごめんなさいね…。これも仕事なの。」


死体の目をスッと閉じ、懐から財布を抜き取る。


「…ふふ、なかなか持ってるじゃない。これで半蔵さんも喜ぶわ♪」


◇◇◇


伊田陀鬼屋の門をくぐった凛は、そこで待ち構えていた石田に出会う。


「あら、石田さん?そんな般若みたいな顔してどうしたの?」


「凛…、お前に頼みたい仕事がある。」


「あら。私は半蔵さんの命令しか聞かないことにしてるんだけど?」


いたずらっぽくウインクする凛に、石田は続ける。


「頼む!この一件、成功すれば必ずや半蔵様もお喜びになるはずだ。お前のその『美貌』と『剣才』が必要なんだ!」


凛はくすくすと笑い、「冗談よ。石田さんには七年近く面倒見てもらったしね」と肩の力を抜いた。

そんな凛に軽く安堵のため息をつくと、石田は一枚の汚れた似顔絵を差し出す。


「この男…ユウジを、っていただきたい。」


「ユウジ…?」


「すでに我らの同胞を二人破っている、相当な手垂れだ。」


凛は似顔絵を手に取り、不敵な、しかし美しい笑みを浮かべた。


「いいわ。どんなに腕が立とうと関係ないものね。私の前では、どんなおとこも理性を失うもの♪」


紫と白の鮮やかな着物姿が、江戸の人混みへと溶け込んでいく。

最強(?)のクズ・ユウジに、美しき死神・凛の牙が迫ろうとしていた。


◇◆◇


「あばばばば!」


ユウジは派手に吹っ飛んだ。

しかしここは奉行所でも伊田陀鬼屋でもない、ただの民家の前だ。


「ウチの子に何するのよ!!」


地面に力なく倒れるユウジを、凄まじい剣幕で睨み付けているのは町のおばさん。

手にはボロい竹ボウキが握られている。

どうやらこれで殴られ、あんなに派手に吹っ飛んだらしい。

改めてユウジのヘタレさが伝わってくる。


「やるじゃねぇかババァ...。」


痛む体を引きずりながら立ち上がり、ユウジはおばさんを睨み付ける。


「最近流行りの人攫いってのはアンタかい!?お上に通報するよ?!」


当然、おばさんもユウジの睨み程度で引き下がるつもりはないらしい。

まさに最強の「お母さんパワー」である。


「そのガキがどうしてもって言うから、ワイが優しく高い高いしてやっただけや!いちゃもんつけてんじゃねぇぞ!?」


おばさんの袖に隠れていた子供の首が左右にブンブン勢いよく振られ、全力否定をしている。

そんな子を見て、おばさんの顔がさらに引き攣る。


「とにかく!早くどっか行きなさいよ!!」


最後にもう一回竹ボウキを突き付け、おばさんは子供を連れてバタンとドアを閉めてしまった。

関わりたくない長屋の住人も家の中に引っ込んでいるため、ユウジだけが一人取り残された形だ。

寂しい風が吹き抜ける。


「チィッ!次会ったらただじゃあおかねぇ。」


捨て台詞を吐くユウジだが、大人しくその場から立ち去るようだ。

ドアを蹴り破ってまでおばさんと戦う勇気はなかったらしい。


◇◇◇


人気のなくなった長屋を後にして大通りへ出ると、ユウジはまた「獲物」を見つけた。

鞠をついて遊んでいる女の子だ。


「そこの可愛いお嬢ちゃぁん?」


顔の筋肉を引き攣らせて作った不自然極まりない笑顔で近寄るユウジ。

普段使わない筋肉を酷使しているため、血管がピクピクと波打っており、完全な不審者だ。


「きゃあああ!」


これで逃げない子はいない。


「な、なんやぁぁ!何でワイの顔見て逃げよるんやぁぁぁぁ!」


不自然な笑顔が崩れ、鬼の形相になるとユウジは女の子を追う。

はたから見れば確実な変態である。


「飴ちゃんやるから待っとらんかい!?このクソガキがぁ!!」


殺す一秒前のような顔で「飴」と言われても、子供はスピードを上げるだけだ。

大人と子供の必死の逃亡劇。

軍配はどう考えても大人側に上がると思われたが、十数メートル走ったところでユウジはバテて足を止めた。

脇腹を抑えて肩で息をしている。

紙並みの耐久力にあわせて、持久力も残念な男である。


「に、逃げ足の速ェガキだぜ…って、グェッ!!」


「キャッ!」


疲れ切ったユウジが引き返そうとすると、正面から来た誰かと激突する。

二人揃って派手に地面へ転がった。

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