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第八話_蝋人形の義吉

「なんだって!?」


伊田陀鬼屋の奥座敷。

石田はあまりの衝撃に、数えていた小判をバラバラと床にぶちまけた。


「…義彦が、行方不明だと?」


「ハイ。定時連絡が途絶えてから五時間。付近を捜索しましたが、どうやら岡引に連行されたとの目撃情報が…。」


報告する下っ端も、困惑を隠せない様子で首を傾げた。


「アヒャヒャヒャヒャ!だから言ったじゃねぇですかい、半蔵さんよぉ!」


呆然自失の石田の後ろで、柱に縛られたシンジがこれ以上ないほどの勝ち誇った顔で笑い出す。


「アニキがあんな包帯野郎に遅れを取るわけねぇってよぉ!今頃、アニキの知略によって、地獄の果てまで転がされてるはずだぜぇ!」


「っく…調子に乗るなよ、小僧!」


石田は屈辱に顔を歪め、下っ端に冷酷な声で命じた。


「…『蝋人形の義吉よしきち』を呼びなさい。毒には、より強力な毒をぶつけるまでです!」


◇◆◇


その男は、純粋に子供が好きだった。

だが、それ以上に「人形」を愛していた。

そして、生きた子供を熱い蝋で固め、永遠の人形に作り替える瞬間が何よりも大好きだった。


「おひょひょひょ…。今宵も極上のコレクションが完成したわい!」


廃屋の暗がりに、男の湿った笑い声が響く。

部屋には数人の影があるが、物音一つしない。

中心に立つ男以外、全員が「物言わぬ人形」と化しているからだ。

雲が晴れ、窓から差し込んだ月光が、蝋で固められ恐怖の表情のまま静止した子供たちの姿を白々と照らし出した。

男の名は義吉。

通称『蝋人形の義吉』。


「義彦のバカが、奉行所の刺客に返り討ちにあった…?」


石田からの伝令を受け取り、義吉は不気味に口角を吊り上げた。


「おひょひょ!弟の尻拭いも兼ねて、たまには大人の人形でボクちゃんの技術を試してみるのも一興だねぇ!」


義吉が鞄から取り出した蝋燭に火を灯すと、ゆらゆらと揺れる火影が彼の狂気に満ちた顔を不気味に浮かび上がらせた。


◇◆◇


「仕事前の景気付けに、一人くらい新作を作っちゃおうかな?」


翌朝。

義吉は獲物を求めて大通りを歩いていた。

まだ日が昇ったばかりで、町は水を汲みに来た女や魚河岸の男たちで活気づき始めている。


「おひょひょ…あそこの女の子、いいフォームをしてるじゃない」


路地裏で一人、まりつきをして遊んでいる少女を見つけ義吉が舌なめずりをした。


「さぁ、ボクちゃんの人形に…!?」


鞄から蝋燭を取り出すために一瞬だけ目を離し、再び顔を上げた瞬間、少女の姿は忽然と消えていた。

地面には、先ほどまで少女がついていた毬が虚しく転がっているだけだ。


「…神隠し!?」


狐につままれたような顔で立ち尽くす義吉。

だが、気を取り直して次の広場へ向かう。

そこにはチャンバラごっこに興じる三人の少年がいた。


「おひょひょ!三人まとめて蝋人…えっ!?」


鞄を開けた隙に、また一人が消えた。

残った二人がパニックを起こして路地へ逃げ込む。

義吉がそれを追うと、路地の先は行き止まり。

…そして、そこにも子供の姿はなかった。


「景気がつけられないよぉ!どうなってるんだこの町はぁ!!」


プロの誘拐犯としてのプライドがズタズタになった義吉は、さらに獲物を求めて彷徨う。


「おひょ!あれは超レアな赤ちゃんじゃないか!」


洗濯をする母親の背中でピコピコ動く赤子。

義吉が「今度こそ!」と身構えた瞬間、またしても赤子が消えた。

母親すら気づかぬうちに。


「何なんだぁぁぁ!幽霊か?怪物かぁぁ!?」


流石に恐怖を感じる義吉。

その時、赤子を抱えたまま凄まじいスピードで走り去る不審な人影を発見した。


「見つけたよ!ボクちゃんの獲物を横取りする泥棒猫め!!」


怒りに駆られた義吉は、その人影を追って町の隅にある古びた神社へと駆け込んだ。

神社の裏手にあるボロ屋の中から、大勢の子供たちの泣き声が聞こえてくる。


「なにこれ…。」


義吉が中を覗き込むと、そこには驚愕の光景が広がっていた。

十数人の子供たちが縄で数珠繋ぎにされ、その中心で黒い着物を着たガタイのいい男が豪快に笑っていた。


ユウジである。


「こんだけ拉致らちりゃ十分よ!これでワイの懐もガッポガポ!江戸一番の長者番付に載るんやぁ!!」


「あの顔…?」


義吉が震える手で似顔絵を確認する。

石田からの言伝では「キレ者の奉行所の特命捜査官」であり、吉彦を凌ぐ強者。


(な、何やってんのあの人?奉行所の人間じゃないの!?なんで公務員がガチの大量誘拐事件を起こしてるの!?)


もはや敵とか味方とか以前に、人間としての倫理観の崩壊ぶりにプロの犯罪者である義吉がドン引きしていた。

すると、ユウジが真剣な顔でキョロキョロと辺りを見回し、隠れていた義吉をあっさり発見した。


「おい、そこの変態野郎!」


「ボ、ボクちゃんに何か?」


ユウジは馴れ馴れしく義吉の肩を抱き、耳元で臭い息を吐きかけた。


「ちょっとワイ、急に『運の神様』が降りてきちゃってよ。その辺の草むらで解放(脱糞)してくるから、このガキ共を見張っててくんねぇか?」


「え…。」


「実はワイ、ちょっとした『ビジネス(人身売買)』を始めようかと思ってよ♪ガキの親から身代金をむしり取って、パーっと遊ぼうとか考えちゃってるわけよ?ぎゃはははっ!」


自分の犯罪を隠す気などさらさらない。

むしろ自慢話として披露するユウジ。


「見張っててくれたら、売上の二割やるからよ!頼んだぜ、相棒!!」


義吉の同意なんて求めない。

いや、拒否されるという選択肢などユウジの中には存在しないのだ。

ユウジは爽やかなスキップを刻みながら、森の奥へと消えていった。


「な、なんなんだよアイツ…。江戸の治安はどうなってんだよ…。」


顔に飛び散ったユウジの唾を拭いながら、義吉は呆然と呟いた。

だが、目の前には極上の獲物たちが転がっている。


「おひょひょ!まぁいいや、アイツがいない間にボクちゃんのコレクションを増やさせてもらうよ!!」


義吉が意気揚々と蝋燭を掲げ、子供たちを蝋固めにしようとしたその時――。


「そこまでだッ! 誘拐犯め!!」


バターン!! と扉が蹴り破られ、提灯を掲げた大勢の岡引たちがなだれ込んできた。


「神社で子供の悲鳴がすると通報があった!貴様、その蝋燭で子供をどうするつもりだッ!御用だぁぁ!!」


「え?あ、いや、ボクちゃんはただ、トイレに行った男の代わりに…。」


そして…。

十数名の子供を監禁し、さらに蝋燭でいたぶろうとしていた「凶悪な変態誘拐犯」として、義吉は言い訳の暇もなく引きずられていった。

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