第七話_左足の義彦
「石田さんも人使いが荒い…。」
左足に異様なほど包帯を巻き、松葉杖をつくように歩く男は静かに呟いた。
その手には、奉行所から回ってきたユウジの似顔絵が握られている。
この男こそ、伊田陀鬼屋の刺客『左足の義彦』である。
「この奉行所の精鋭らしき男を…生け捕りに、ですか。」
大通りを抜け、人通りの少ない路地に入ったその時、義彦の目に信じられない光景が飛び込んできた。
「ほ~ら、たか~い。たか~いでちゅよぉ~♪」
野太いダミ声で赤ちゃん言葉を操る中年男が、見知らぬ子供を脇の下から掴み上げ、強引に上下させていた。
似顔絵の男、ユウジである。
子供は恐怖で顔を引き攣らせ、過呼吸気味に泣きじゃくっているがユウジは満面の笑みだ。
「おもちろかったでちゅかぁ? ほぉ~ら、おじちゃんにお礼しなきゃねぇ?」
ユウジは泣き喚く子供の襟首を掴んで引き寄せると、ドスの利いた声で続ける。
「おじちゃん今、無一文で死ぬほど困ってるの。今の空中散歩のお礼に、有り金全部出せるかな?」
断れば食われる。
そう確信した子供の悲鳴が路地に響く。
義彦は呆然として、改めて手元の似顔絵と目の前のクズを見比べた。
間違いなくコイツだ。
「まさか…。アレが、奉行所の特命捜査官?」
子供を恐喝して小銭を稼ごうとしている男が、石田から聞いた「智略の士」。
聞いた話とあまりにかけ離れているため、義彦は深い混迷に陥った。
「泣くんじゃねぇよ!おじちゃんは金を寄こせと言ってるんでちゅよぉ!!」
まだやってる。
ユウジの執拗な攻めに子供が耐えきれなくなる刹那、義彦はようやく意を決して踏み出した。
「そこのお方…。貴殿がユウジですね?」
「ああ?あんだテメェ?」
ユウジが目を離した隙に、子供は脱兎のごとく逃げ出していく。
「チッ!テメェのせいで獲物を逃しちまったじゃねぇか!!」
舌打ちして睨んでくるユウジは、どこからどう見ても奉行所関係者ではなく、三流のゴロツキにしか見えない。
「伊田陀鬼屋が刺客、義彦と申します。半蔵様の命により、貴殿を生け捕りにさせていただきます。」
義彦が静かに構えを取ると、ユウジはニヤリと笑った。
「なんや、伊田陀鬼屋の回し者かい。この『神』の二代目を継ぐワイに勝てると思ってんのか?」
ユウジが威勢よく腰の刀に手を伸ばした。
が、その動きが止まる。
「…あれ?」
「どうされました…?」
「…日本刀、質に入れちまった。」
そう、金が尽きたユウジは奉行所支給の真剣をすでに現金化していたのだ。
「まあええ!テメェも丸腰みたいやし、その包帯だらけの足をさらに複雑骨折させてやんよぉ!!」
ユウジが拳を振りかざして突っ込んできた瞬間、義彦が小さく呟いた。
「私は…丸腰ではありませんよ」
左足に力を込めた刹那、包帯を突き破って巨大なバネ仕掛けの刃が飛び出した。
「ひぃぃぃ!!!」
間一髪で避けるユウジ。
義彦の旋回蹴りは、背後の石壁を豆腐のように粉砕する。
「な、なんやぁぁ!なんやそのサイボーグみたいな足ぃぃ!!」
地面に尻餅をつき、義彦の足を指差して叫ぶ。
「反則や!武器を内蔵するのはスポーツマンシップに反するやろ!!」
「真剣勝負に反則などありません。生け捕りですから、足の数本は折らせていただきますよ…。」
冷酷な足音を響かせ、義彦が歩み寄る。
ユウジは涙目で後ずさった。
「待て!ワイは善良な市民や!宗教法人『神』の教祖様やぞ!!」
「…子供を脅してカツアゲする神がどこにいますか。」
義彦の左足が閃くたびに、地面が深く切り刻まれる。
ユウジは「ひぃぃぃぃ!」と情けない絶叫を上げ、尻を端折りながら走り出した。
逃げ足だけは神速である。
路地から川辺へ、人目を避けるように逃げるユウジ。
その後ろから、死神のような足取りで義彦が迫る。
「誰か!誰かこの不審者を捕まえろ!ワイを、いや神を助けろぉ!!」
必死の命令口調で叫ぶユウジ。
しかし、こんな夜更けの川辺に人がいるわけが…いた。
夜回りの岡引が三名、提灯を掲げて立っていたのである。
「あ…。」
左足から巨大な刃物を剥き出しにし、殺気を放ちながら走っていた義彦は、自分の姿が客観的に見て「完全にアウト」であることに気付いた。
そして…。
「不審者だッ!刃物所持の現行犯で御用だッ!!」
義彦は、ユウジを仕留める前に御用提灯の群れの中に沈んだ。




