第五話_神とは?
「シンジィィィィィ!!!!」
店の中へとゴミ袋のように引きずられていくシンジの背中を、ユウジは絶望の淵で見送った。
「なんでや?何でシンジの『完璧な忍術』が、あんなモブキャラみたいなチンピラに破られるんやぁ!?」
目の前で起きた「風呂敷を被った不審者が即行で捕まる」という当然の結末が、ユウジには世界の理が崩壊したかのように見えていた。
彼は激しく頭を抱え、その場に蹲る。
その時。
激痛を伴うショックによって、彼の脳の奥底に封印されていた「八年前の記憶」が、激流のように蘇った。
◆◆◆
八年前。
江戸のはずれ。
「師匠!ワイは…ワイはプロになりたいんや!圧倒的な力でグリーンの上を支配する、プロゴルファーになりたいんやぁぁ!」
轟々と音を立てて流れ落ちる滝の飛沫を浴びながら、若き日のユウジは叫んでいた。
その前方には、地面に届かんばかりの長いアゴ髭を蓄えた老人が、微動だにせず立っている。
山吹色の、いかにも「何かを極めた」風の衣装を纏ったその老人は、静かに腕を組み滝を見上げた。
「ユウジよ…。旅立つお前に一つだけ伝えておきたいことがある。」
老人は重々しく続ける。
滝の轟音にかき消されそうなその幽かな声を漏らすまいと、ユウジは全神経を耳に集中させる。
「…ゴルフという競技は、今の日本にはまだ存在せんのじゃよ。」
刹那、ユウジの全身を激震が襲った。
「しまったぁぁぁ!時代設定を間違えたぁぁ!!」
頭を抱えてのたうち回るユウジ。
そんな弟子の肩を、老人は悟りを開いた仏のような優しい手つきで「ポン」と叩いた。
「そう自分を責めるでない。…悪いのはぜ~んぶ、神様じゃ。」
「師匠…。」
希望に満ちた目で、ユウジは老人を見上げる。
「ワシはずっと神様に祈り続けてきた。だがヤツぁな~んもしてくれんのじゃ。働かずに金と地位と、ついでに若くてピチピチした女子を手に入れたいというワシのささやかな欲望を、一つも叶えてくれんのじゃよ。」
師匠も、本物の筋金入りの駄目人間だった。
だが、その言葉のどの部分が心に響いたのか、ユウジの頬を一筋の涙が伝う。
「じゃからのユウジ…。」
老人はゆっくりと手を広げ、滑らかな動きで印を結び「バチン」と手を合わせた。
「今からワシぁ神になってくる。今の神をぶっ殺して、二代目の座はワシがいただくのじゃあ!」
「師匠ォォォ!?」
叫ぶユウジを置き去りにし、老人は垂直にそそり立つ滝の崖を猿のような俊敏さで駆け上がり始めた。
老人とは思えない身体能力で、一気に頂上まで登りつめる。
「何をするんや!? 何をやらかすつもりなんや、師匠!!」
滝の音に負けじと、ユウジは喉が裂けるほど叫んだ。
頂上で、逆光を浴びてニヤリと笑う師匠。
「神の座はぁ!ワシのもんじゃあああああ!!」
老人は、飛んだ。
「ふらいはぁぁぁあい!!」
三十メートルはあろうかという滝の頂上から、巨大な岩が牙を剥く滝壺の底へと一直線にダイブしたのである。
ユウジの眼前を一瞬だけ「山吹色の塊」が通過し、ズドンという鈍い衝撃音と水柱の音が響き渡った。
「ししょおぉぉぉぉぉぉぉ!!」
そして…。
師匠は天に昇る前に帰らぬ人となった。
◆◆◆
「…ハッ!」
ユウジは、激しいフラッシュバックから覚醒した。
目の前には、逃れられない現実として固く閉ざされた伊田陀鬼屋の扉だけが存在している。
「思い出した…。神はもうおらんのや!ならば、ワイが…ワイが『神』になって、伊田陀鬼屋を裁くしかないんやぁぁぁ!!」
師匠の最期から一ミリも学んでいない、斜め上の決意を固めるユウジ。
だが、彼の手元には武器もなければ仲間もいない。
果たしてユウジは、神として(あるいは、ただの不審者として)、どう伊田陀鬼屋へ再突撃するのか――。




