第四話_億万長者?と影の者
「ブラボー!ブラボォォォォ!!」
古物屋の暖簾をくぐった途端、ユウジとシンジは江戸の空を震わせるほどの雄叫びを上げた。
手にしていた血塗れの十手は消え、代わりにずっしりと重い(と二人が思い込んでいる)巾着袋が握られている。
「意外に高く売れましたねアニキ!これで一生遊んで暮らせるんじゃないですかい!?」
「十手ってのは金になるのぉ。もう仕事なんてアホらしくてやってられんわ!」
袋の中身を覗き込み、ニヤニヤが止まらない二人。
実際には一分と百文。
現在の価値で言うと一分=3〜4万円、百文=2500円〜3000円と言ったところか。
これまでほぼ無一文で過ごしてきた彼らにとって、この金は超がつくほどの大金であり、気分はすでに『大名』だ。
「フヘヘ…どうしやすアニキ?この金で江戸城の隣に別荘でも建てちまいやすか?」
「ぎゃはははっ!江戸城なんぞそっくりそのまま買うたるわぁ! 」
残念ながらお金の価値は彼らには分からない。
ただ大金持ちになったという気分だけで話しているのだ。
幸せな二人組である。
「…なぁシンジ。いきなりセレブ(富裕層)になるとよぉ、その辺を歩いてる庶民が哀れに思えてくるのぉ!?」
ユウジが顎を突き出し、すれ違う通行人をゴミを見るような目で見下ろす。
「間違いねぇッス!必死に働いて可哀想に!ワシ、あまりに哀れで涙が出てきやした!」
少し前まで自分たちが一番汚い格好をしていた事実は棚に上げ、二人は傲慢の極みにいた。
通行人たちは、そんな二人を「関わってはいけない類の人種」として、汚物を見る目で避けて通っていく。
「アッハッハッハ!金持ちは孤独よのぉ、シンジィ!…ちょと見てろ。」
ユウジはニヤリと笑うと、巾着袋をガサゴソと漁り始めた。
ちょうどその時、薄汚れた着物を着た貧しそうな男が通りかかる。
「おい、そこの不幸せそうなハゲ!止まれいッ!!」
「な、なんですかぁ…?」
弱々しく足を止める男に、ユウジはまばゆいばかりの、それでいて胡散臭すぎる慈愛の笑みを向けた。
「…これで何か美味いもんでも食ったらええ。ワイの、ノブレス・オブリージュ(高貴な者の義務)や。」
そう言ってユウジが男の手に握らせたのは、鈍く光る金貨――「一分」だった。
「おおお…っ!ありがとうございます!ありがとうございますぅぅ!!」
男は震える手でそれを握り締め、地面に額を擦り付けてる。
そして彼らの気が変わらぬうちにと猛スピードで走り去っていった。
「フッ…。あの程度の小銭であんなに喜びおって。庶民ってのは実に安上がりな生き物よのぉ…。」
カッコつけて爆笑するユウジ。
「よ、よかったんかいのぉアニキ?」
ユウジとは逆に表情を曇らせるシンジ。
それもそのはず、先ほど渡したのは一分金。
十手を売った金の大半を占める大金だ。
「なんじゃシンジ。セコいのぉ?」
「昔、村の叔父貴に金色の銭は大金だと聞いたことがあったんスよ。さっきの金色だった気がしてのぉ…。」
シンジの言葉に一瞬黙るユウジ。
流石に気付いたのかと思いきや…。
地割れのような大きなため息をつき、優しい笑みをシンジに向ける。
「シンちゃんよぉ?よ〜く考えてみ?米一粒と百粒でどっちが価値がある?」
「百粒でさぁアニキ!」
「お利口さんじゃのうシンジィ。せや、なんでも多くて重量がある方が価値があるんじゃ!」
ユウジの言葉に目を輝かすシンジ。
村の叔父貴の言葉よりも、尊敬してやまないアニキの言葉を信じるのは道理だ。(間違ってるけど)
こうして、彼らは十手を売って得た大金の約9割を失った。
「そんなことよりシンジィ!まずは腹ごしらえじゃい!極上の鰻じゃあ!!」
踵を返し、二人は意気揚々と歩き出す。
そして高級な鰻屋の暖簾を潜った。
胡散臭そうな顔で睨みつける店員に対してユウジが巾着の百文を投げつける。
「オラァ!これで買えるだけ鰻持ってこんかぃ!」
「豪快じゃあ!アニキはほんまモンの歌舞伎者じゃあ!鰻が全部なくなって、店が潰れちまうんじゃあねぇッスかアニキィ!!」
◇◇◇
数刻後…。
小さな器に入れられた鰻のタレを持った二人が鰻屋の暖簾から出てきた。
先ほどまでの威勢はどこに行ったのか、ションボリ小さくなっている。
「タレだけじゃのぅアニキ。」
ボソッと呟いたシンジの横で、ユウジが肩を振るわせる。
憎しみのこもった鬼の形相だ。
「担がれたわ…、半蔵の野郎ワイらを担ぎよったぁぁぁぁ!」
タレの入った器を地面に叩きつけ、絶叫するユウジ。
「もったいねぇ」と地面のタレを舐めに行ったシンジの胸ぐらを掴み上げる。
「もう我慢なんねぇ。伊多田鬼屋、更地にしにいくでシンジィィ!」
血管が浮き出すぎて今にも破裂しそうなユウジに対し、シンジの顔は希望に満ち溢れている。
アニキの勇姿が見れる、しかも1番の特等席で!それだけで彼は今にも失禁しそうだった。
◇◇◇
「…どうしやすかアニキ?前回みてぇに特攻をかけるのも芸がねぇ。」
二人は再び伊田陀鬼屋の前まで戻ってきた。
だが、流石に二度目だ。
相手も警戒しているのか、チンピラみたいなのが扉の前でキョロキョロしている。
「ちげぇねえ。ワンパタだとナメられちまうからのぅ。」
すると、シンジがニヤリと笑い、懐から一枚の黒い風呂敷を取り出した。
「アニキ、今まで隠しててすいやせん。…実はワシ、忍術が使えるんですわ。ニンニン。」
シンジはそう言って印を結ぶ。
それを見て驚きの表情を浮かべるユウジ。
「ニンニンってお前…、完全に忍びじゃねぇか!?」
「フヘヘ、左様でござるよ。今から忍法をお見せいたす。ニンニン。」
「本物や…、ホンマもんの忍者語やぁ!」
ユウジは感動に震えた。
「忍法・木の葉隠れの術!ひゃあ!!」
シンジが勢いよく風呂敷を頭から被った。
夕暮れ時、全身がに包まれることもなく、ただ上半身だけがモコモコした唐草模様の塊になった。
もちろん下半身は風呂敷にかくれず、もろ出しである。
「どうッスかアニキ?ワシが見えるかいのぉ!?」
「!?」
ユウジは、激しく動揺する。
「どこじゃああああ!どこへ消えたシンジィィ!異世界転生か!?神隠しかぁぁ!!」
目の前に立っている「風呂敷を被ったシンジ」が見えていない。
いや、脳が「見えてはいけないもの」として処理を放棄したのか。
「ここですぜ、アニキ。」
シンジが風呂敷をめくると、ユウジは腰を抜かして驚いた。
「シンジ…。ワイ、初めて見たわ…。これが伝説の『忍法』!」
「うへへ…、これなら完璧ッス!誰にも見つからずに、サラッと半蔵の首とってきやすぜ!」
「行けぃシンジ!江戸の夜を舞うんやッ!!」
「アニキ!I'LL BE BACK(また会いましょう)!!」
親指を立て、映画スターのような笑顔で言い残すと、シンジは黒い風呂敷を頭から被ったまま不審者丸出しの動きで伊田陀鬼屋へと歩みを進めた。
そして…。
「なんか変な塊が来たぞー!」と速攻で発見され、シンジは捕まってしまった。




