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第三話_十手の行方と学問の化身

「あばばばば!」


勢いよく店の外へ突き飛ばされ、ユウジとシンジは街道の真ん中で派手に転がった。


「いいですか?それを持って、大人しく奉行所へ戻りなさい。」


地べたを這いずる情けない二人に向かって、番頭の石田が一本の十手を投げつける。

当然、二人にそれをキャッチできる反射神経などあるはずもなく、十手はシンジの顔面にクリーンヒットしてから地面に落ちた。


「あぁん?何ワイらに指図しとんのやコラ?」


突き飛ばされた衝撃で視界が定まらずにいるユウジが、フラフラと立ち上がり反抗的な目を向ける。

だが、直後に石田に「邪魔だ」と二度目の突き飛ばしを食らい、今度は静かに地面と一体化した。

弱すぎる。


「クズが…。」


石田は、それだけ言い残すとゴミを見るような目で二人を一瞥し、店の中へと消えていった。


◇◇◇


「…なんスかね、この十手。形も古臭ぇし、いまいちパッとしねぇ。」


伊田陀鬼屋から少し離れたいつもの河原。

ユウジとシンジは土手に腰を下ろし、シンジが手元の十手をまじまじと観察していた。


「…フッ、お詫びの印に決まっとるやろ。」


少しの沈黙の後、ユウジが賢者(自称)のような悟り顔で答えを出した。


「ワイらの底知れぬ実力にビビって、半蔵の首を差し出す代わりに『これで勘弁してくれ』と貢ぎ物をしてきたんや。間違いねぇ。」


どの次元からそんな超解釈を引っ張ってきたのか不明だが、結論に行き着いたユウジは鼻の穴を膨らませて得意げだ。


「ア、アニキの脳細胞は、核爆弾並みの破壊力じゃああああ!」


爆弾並みというのが「危険すぎる」という意味なのか「何が起こるか分からない」という意味なのかは不明だが、シンジはアニキの天才的(?)な発想に涙を流して感激する。


「ヤツら、ようやく気付いたんじゃねぇか?ワイらが『わざと』捕まって、懐に飛び込んだってよぉ。」


「ええ!?アニキ、わざと捕まったんスか?ワシなんて、全精力を傾けて素で捕まってやしたぜ!?」


「やれやれ、シンジ…。ワイがあんな下っ端に不覚を取ると思うか?」


深く、深すぎる溜息を吐いてみせるユウジ。

シンジは即座に、1キロバイトのメモリを全開にして否定する。


「捕まるわけねぇッス!アニキが本気出したら、江戸の街が三回は滅ぶッス!!」


目をキラキラと輝かせるシンジ。

ユウジはそんな舎弟を、慈愛に満ちた聖母のような瞳で見つめ、その頭を優しく撫でた。


「よう分かっとるのぉシンジ…。お前はお利巧さんや。ご褒美に今度、美味いもんでも食わせたるからな。」


撫でられたシンジの顔が、とろけるように緩む。


「アニキ…。ワシぁ今、世界一幸せな男ッス!」


幼子のような純粋な笑顔を浮かべ、シンジの目から熱い涙が溢れ出した。

尊敬するアニキに認められた喜びが、彼の小さな脳はパンク寸前だ。


「…だがな、シンジ。」


ユウジが、優しく、あまりにも優しい声で囁いた。

その瞬間。

シンジの視界が、青い空へと急上昇した。

浮かんでいるシンジ自身、何が起きたのか理解できていない。

彼は幸せの絶頂のまま、笑顔で宙を舞っていた。


「げばふぅっ!」


鈍い音と共にシンジが地面に激突する。

鼻と口からは、さっき見たばかりの真っ赤な鮮血が再び流れ出した。


「甘ったれたらアカンッ!ライオンは、愛する我が子を谷底へ突き落とすんやぁぁ!!」


シンジの頬を全力で殴り抜いた拳を、夕日に向かって高らかに突き上げ、ユウジは吠えた。

まさに飴と鞭。

あるいは狂気と暴虐。


「ワイは鬼や!シンジ、お前を真の漢にするために、ワイは進んで地獄の鬼になるんや!」


嗚咽を漏らして号泣するユウジ。

そして、その「愛(という名の暴力)」の深さを悟ったシンジも、砂を噛みながら咽び泣いた。


「アニキィィ!アニキは鬼じゃぁぁ!桃太郎も瞬殺じゃぁぁ!!」


「男じゃぁ!ワイ等は江戸を飲み込む巨大なおとこじゃあああ!!」


二人の漢は、河原でがっしりと抱き合った。

シンジが殴られた論理的理由は1ミリも存在しないが、二人の絆が「常識」という言葉を置き去りにして加速していることだけは確かだった。


「にしても、この十手。お詫びにしては地味すぎんかのぉ、アニキ?」


◇◇◇


五分後。

抱擁の時間を終えたユウジとシンジは、賢者タイムに入ったかのような冷めたトーンで会話に戻っていた。


「お詫びに十手なんかもらっても、一文の足しにもならねぇよな。」


「微塵も嬉しくないッス!」


石田からの「奉行所に届けろ」という命令は、二人の脳内キャッシュから完全に消去されていた。

ユウジは十手をペン回しのように指で回し、その品質を確かめる。


「しかもシンジ、見ろよこれ。血が付いてて汚ねぇんだよ。」


赤黒く変色した血痕をシンジの目の前に突き出し、ユウジは不敵に笑った。


「お詫びなら、もっとピカピカの新品を持ってこいっつ~の!誠意が足りねぇ!」


「違ェねぇ、違ェねぇ!ギャハハハハ!!」


凄惨な事件の証拠品を前に、爆笑の渦に包まれる二人。

血痕を見て「これはもしかして!」とシリアスな推理が始まる気配は微塵もない。


「…売るか!」


突然、ユウジが閃きの神に打たれたように叫んだ。


「これ、川の水でチャチャっと洗って古物屋に売っちまおうぜ!」


「頭の回転が尋常じゃあねぇ!アニキは化身じゃぁぁあ!学問の化身じゃあぁぁぁ!!」


そして…。

伊田陀鬼屋を確実に死刑に追い込むことができたはずの、唯一にして最大の決定的証拠物件は、河原で水洗いされた後、古物屋へ売られてしまった。

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