第十二話_「め組」の特攻
「思い出したぁぁぁぁ!」
うな丼大盛り五杯を、飲み物のように胃袋へ流し込んだ瞬間だった。
本田松乃信が奉行所の門が弾け飛ぶような大声で叫んだ。
それまで無言で一心不乱に米を食らっていたため、その唐突な咆哮に「め組」の面々の驚きも一入である。
「ど…どうしたんですかい頭ぁ!?喉に小骨でも刺さったんですかい?」
一人の組員が、血管をブチブチと浮き出させて顔面を真っ赤にしている松乃信へ、恐る恐る問いかけた。
「思い出したっつってんだろ!?サブ太ぁぁ!」
「ひぃぃぃ!すいやせん頭ぁ!…でも、一つだけ言わせてくだせぇ!!」
サブ太と呼ばれた男が、死を覚悟した表情で言葉を紡ぐ。
「自分…サブ太って名前じゃないですぜ…?」
刹那、サブ太ではない男の体は重力を無視して宙を舞った。
綺麗な放物線を描き、大広間の隅にある坪庭へと勢いよく突っ込む。
「お前たち!武器を持ちなぁ!」
ピクピクと痙攣する「非サブ太」をゴミのように無視して、松乃信が吠えた。
だが、他の組員たちが動く気配はない。
「頭…。武器を持って、一体どこへ行くつもりで?」
「決まってんだろ!?奉行所へ殴り込みじゃい!シンジとアニキを奪還するのよぉ!!」
血走った目で、もはや「女」の欠片もない図太い声で叫ぶ松乃信。
だが、組員たちは一歩も引かなかった。
「頭、思い出してくださいよ!さっき行って、ボコボコにされて、門番に説教されて帰ってきたばかりじゃないですか!!」
組員の声に、松乃信はハッと我に返ったようだ。
大きく深呼吸を三回し、瞬時にいつもの「キモい笑顔」へと切り替える。
「あんら、アタシったらまた取り乱しちゃったわん♪」
滑らかな、耳の奥が痒くなるようなオカマ口調が戻ってきた。
坪庭で虫の息になっている非サブ太は、依然として放置されたままである。
「シンちゃんには悪いけど、二度も三度も捕まるわけにはいかないものねぇ。アタシたち、江戸の公務員的な立場もあるしぃ…。」
困り顔を作ると、分厚い白粉がポロポロと剥がれ落ち、地肌の青髭が露出してさらに破壊力が増す。
だが、組員たちは見慣れているので誰も目を逸らさない。
「でも、助けてあげたいわねん…。何か良い方法はないかしら、お前たち?」
松乃信を取り囲む「め組」の精鋭たちが、一斉に眉を潜めて考え込む。
腕力はあるが、知能指数はシンジとどっこいどっこいの彼らから、建設的な意見が出るはずもない。
長い、不毛な沈黙の後。
一人の組員がゆっくりと口を開いた。
「…ようするに、捕まらなければいいんですよね?」
◇◇◇
数分後。
「め組」の大広間には、異様な熱気が渦巻いていた。
武装した組員たちが、手に手に「殺意の塊」のような道具を持って集結している。
「集まったかえ、お前たち?」
全員が揃ったところで、真打ち・松乃信が登場した。
「前と同じ装備じゃ、あの門番には勝てないわん♪みんな、コレを着なさい!」
松乃信が両腕を広げて投げ渡したのは、背中に大きく『め組特攻』と、燃え盛る炎のごとき刺繍が施された「真っ赤なハッピ」だった。
「頭!コレは伝説の『め組特殊特攻服』じゃねぇですか!?」
「気合よ…。前のアタシたちに足りなかったのは、武装じゃなくて『気合』なのよ!!」
松乃信は艶やかな着物を脱ぎ捨て、筋肉の鎧の上にその赤いハッピを羽織った。
「火事場の馬鹿力を引き出すこのハッピを装備したアタシたちに、死角はないわよん♪」
ニヤリと笑う彼女(?)の顔は、生理的な嫌悪感を催すほど自信に満ち溢れていた。
「行くよお前たち!奉行所はアタシたちのものよ!!」
どこから持ち出したのか、処刑人のような巨大な斧を松乃信が振り上げると、「め組」の士気は臨界点を突破した。
「邪魔するヤツは叩き殺せ!アタシたち『め組』こそが最強と、江戸の歴史に刻み込むのよん!!」
本来の目的である「奪還」から、いつの間にか「武力による革命」へと趣旨がズレまくっているが、赤ハッピに洗脳された男たちに迷いはない。
そして…。
またしても全員仲良く捕まった。




