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愛を信じない元令嬢は、甘えたい呪われ賢者に選ばれる  作者: antomopapa


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第17話 呪いの終わりに、選び合う未来



 王城の謁見室は、息が詰まるほど静かだった。

 高い天井、磨かれた床、光を反射する装飾。

 ここは個人の幸福を語る場所ではない。国の秩序だけが正義になる場所だ。

 玉座の前に立つ賢者エドガーは、いつもより背筋が伸びていた。

 怒りで固めた強さではない。恐怖を抱えたまま、逃げないための姿勢だ。

 玉座に座る王、ハインリヒ・アルヴァインは、淡々と告げる。

「賢者。そなたは十分苦しんだ」

 労わりのような言葉。

 だが、その奥にあるものは明確だった。

「次は、命を差し出せ」

 謁見室の空気が凍る。

 エドガーは、瞬き一つせずに王を見た。

「……拒否する」

 短い答えだった。

 それでも、その一言には三百年分の恐怖が詰まっている。

「国は守らねばならぬ」

 王は言う。

「賢者の力は、危険だ。感情ひとつで国が消える」

 事実を根拠にした断罪。

 だからこそ、反論が難しい。

 だがエドガーは、引かなかった。

「……分かっている」

 否定しない。

「だからこそ」

 声が、いつもよりはっきり響いた。

「俺は、もう壊れない」

 王の目が、わずかに細められる。

「証明できるのか」

「……する」

 その一言で、謁見室に張りつめた緊張が走った。

     *

 そこへ、もう一つの声が割り込む。

「――父上」

 扉が開き、ルーカス・アルヴァインが入ってきた。

 王子の装いではあるが、その目は王子ではなく、ひとりの人間の目だった。

 逃げないと決めた目だ。

「この場で、すべてを明らかにします」

 王は眉をひそめる。

「ルーカス、貴様――」

「黙ってください」

 ルーカスの声は鋭い。

 謁見室にいる者たちがざわめく。

「あなたは国を守るためと言いながら、嘘を重ねてきた」

「無実の者を反逆者に仕立て、爵位を奪い、人生を壊し」

 その視線が一瞬、リリアーナの不在の場所を刺す。

「賢者を恐怖の象徴にして、“排除する理由”を作った」

 王の唇が歪む。

「統治とはそういうものだ」

「違う」

 ルーカスは首を振った。

「それは、あなたの恐怖の正当化です」

 そして、ルーカスは告げた。

 魔女が死の間際、王の夢枕に立ったこと。

 呪いの元凶である珠の場所を告げたこと。

 賢者を十分苦しませた後、必ず殺せと約束させたこと。

 王の顔が、初めて揺れた。

「……戯言だ」

「戯言ではありません」

 ルーカスは証拠を示し、証言を並べ、王の悪事を一つずつ形にしていく。

 言葉の刃が、玉座を追い詰める。

 そして最後に、はっきり言った。

「王位を剥奪します」

 謁見室が凍りつく。

「これは王子としての反逆ではない。

 国を私物化した者を裁く、“国のための決断”です」

 王が立ち上がろうとする。

 だが、護衛が動いた。王ではなく、王子の側へ。

 王の権威が崩れた瞬間だった。

     *

 ――同じ時刻。

 地下宝物庫。

 冷たい石の匂いが鼻を刺す。

 湿った空気が肌にまとわりつき、松明の火が揺れて影が踊る。

 リリアーナとイリスは並んで歩いていた。

 ここに来るまで、二人はほとんど言葉を交わしていない。

 怖いからではなく、集中しているからだ。

「……ここね」

 イリスが足を止める。

 台座の上に、小さな珠が置かれていた。

 装飾の中に埋もれるほど小さいのに、視線が吸い寄せられる。

 禍々しい。

 触れていないのに、心臓の鼓動が乱れる。

「これが……」

 リリアーナが呟くと、イリスは頷いた。

「恐怖を映す器よ」

 声は冷静だ。だが、目は揺れている。

「怖がらせることで、人を縛る」

 リリアーナは、台座へ一歩近づく。

「……私たちの人生みたい」

 イリスは、短く笑った。

「ええ。本当に」

 笑っても、軽くはならない。

 けれど、二人は止まらない。

 ――選択だ。

「終わらせましょう」

 その言葉と同時に、珠はひび割れ、音もなく崩れ落ちた。

 次の瞬間だった。

 砕けた破片の中心から、赤い炎にも似た塊が噴き上がった。

 熱い、というより、刺すような熱。

 燃えているのに煙がない。光があるのに影が伸びない。

 それは“もの”ではなく、意志に見えた。

 赤い塊が、イリスへ襲いかかった。

「何よコレ!」

 イリスが反射的に腕で顔を庇う。

 リリアーナが叫ぶ。

「イリス様、これ――!」

「呪いの本体みたいなものよ!」

 イリスの声が鋭く響く。

 普段の冷静さが剥がれ、必死の生の声が露わになる。

 赤い塊は、まるで怒りのように二人を舐める。

 逃げ道を塞ぐように広がり、宝物庫の空気を塗りつぶしていく。

「コレまずくない!?」

 リリアーナが叫ぶ。

「まずいわ!」

 イリスが歯を食いしばる。

「……リリアーナ、あなただけでも!」

 手を押しやろうとする。

 けれどリリアーナは、首を振った。

「私だけ生き残っても意味がない!」

 言葉が、自分でも驚くほど強く出た。

 イリスが目を見開く。

「でもこのままじゃ――!」

 赤い塊がさらに大きく膨れ上がり、二人を包み込む。

 熱ではなく、感情が押し寄せてくる。

 恐怖。

 絶望。

 捨てられた記憶。

 裏切られた痛み。

 リリアーナの頭の中に、王子の冷たい声が蘇る。

 エドガーの過去の焼け跡が、視界を覆う。

 イリスの胸の奥には、血の宿命が叫ぶ。

 「お前は魔女の末裔だ」

 「お前は呪いの道具だ」

 違う。

 違うのに、心が揺らぐ。

「リリアーナ!」

 突然、遠くから声がした。

 聞き間違いかと思った。

 だが確かに聞こえた。

「エドガー!」

 リリアーナが叫び返す。

 赤い塊の向こう――まるで厚い壁越しに、誰かが必死に呼んでいる。

「リリアーナ、手を――!」

 イリスが叫びかけ、言葉が途切れた。

 赤い塊が視界を塗り潰し、息が詰まる。

 それでもリリアーナは、イリスの腕を掴んだ。

「離さない!」

 それは命令ではない。

 習慣でもない。

 ただの選択だった。

     *

 ――王城。

 その瞬間、謁見室に奇妙な静寂が落ちた。

 王が拘束され、ルーカスが命令を出し、騒然としていた空気が、突然“止まる”。

 まるで何かが抜け落ちたように、音が遠ざかる。

 エドガーは、胸の奥が軽くなるのを感じた。

(……消えた)

 呪いが、消えた。

 正確には、恐怖の核が断たれた。

 心を縛っていた“赤い意志”が、切れた。

 エドガーは膝が崩れそうになるのを耐えた。

 今倒れるわけにはいかない。

 けれど、確信があった。

 ――終わった。

     *

 地下宝物庫。

 赤い塊は、最後に二人を包み込もうとして、

 まるで形を失うように揺らいだ。

 炎が消えるように、

 いや、怒りがほどけるように。

 そして、叫びもせず消えた。

 残ったのは、砕けた珠の破片と、冷たい空気だけだった。

 リリアーナは膝をつき、息を整える。

 イリスも肩で息をしながら、唇を噛んでいた。

「……生きてる」

 リリアーナが呟くと、イリスが苦笑した。

「そうね。……生きてる」

 互いに見つめ合い、頷く。

 そして二人は、ゆっくり立ち上がった。

     *

 数日後。

 王は正式に失脚し、拘束された。

 新たな体制が整えられ、ルーカスは王位継承の手続きを進めている。

 王都は騒がしかったが、その騒がしさは“終わり”ではなく“始まり”の音だった。

 イリスは、ルーカスの隣に立った。

 逃げた先で、彼女は逃げ続けることをやめた。

 ルーカスはそれを受け止め、婚約を改めて公表した。

 リリアーナはそれを見届け、静かに頷いた。

 条件は果たされた。

 約束は守られた。

     *

 そして――賢者の屋敷に朝が来る。

 柔らかな光がカーテン越しに差し込み、部屋の輪郭を淡く浮かび上がらせた。

 リリアーナは、ゆっくりと目を開ける。

 隣に、エドガーがいた。

 眠っている――と思ったが、視線が合った。

「……起きてたんですか」

「……さっきから」

(見てたの!?)

 思わず突っ込みそうになって、喉の奥で飲み込む。

 今さらだ。

 リリアーナは身体を起こし、いつもの癖で尋ねた。

「今日の予定は……?」

 仕事の確認。

 段取り。

 生きるために必要なこと。

 エドガーは少し考えるように天井を見て、言った。

「……今日はずっと、ここで話そう」

「……え?」

 次の瞬間。

 ぐいっ。

「ちょ、ちょっと――!」

 ベッドに引きずり込まれる。

「……逃げるな」

「逃げません!」

「……なら、いい」

 腕が回り、距離はゼロになる。

(呪い、消えたよね!?)

(世界、救われたよね!?)

 リリアーナは心の中で叫ぶ。

(呪いが消えても甘えん坊イケメンか!!)

 でも、その腕は怖くなかった。

 命令でもない。

 縛りでもない。

 ただ、選び合った距離だ。

 リリアーナは、ため息混じりに言う。

「……一日中ですからね」

「……うん」

 即答。

 窓の外では、いつも通りの朝が始まっている。

 世界は変わった。

 けれど、二人は“選び合う”という一点で、変わらない。

 愛を信じなかった元令嬢は、

 甘えたい賢者に、今日も選ばれ――そして選び返す。

 少し質の悪い距離感のままで。

 それが、二人の未来だった。


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