第16話 赦しと誓いの夜
王都は、夜になるほど騒がしかった。
昼間の喧騒が嘘のように、闇に溶けた路地の奥では、人々が息を潜める。
王城の明かりだけが、空に浮かぶように強く灯っていた。
その光を、ルーカス・アルヴァインは黙って見つめていた。
*
「……集まってくれて、ありがとう」
王子の私室。
扉は閉ざされ、護衛も下げられている。
ここにいるのは四人だけだった。
賢者エドガー。
リリアーナ。
イリス。
そして、ルーカス自身。
この組み合わせが、かつて想像されたことがあっただろうか。
沈黙が落ちる。
最初に動いたのは、ルーカスだった。
彼は、真っ直ぐにリリアーナの前へ進み、膝を折った。
「……ルーカス殿下?」
反射的に声が出る。
だが彼は、顔を上げなかった。
「君に、謝らなければならない」
その声は、震えていない。
逃げ場を断った声だった。
*
「僕は、君を信じなかった」
淡々と、事実を並べる。
「父――王の言葉を信じた。
君の父が反逆したという、偽りの情報を」
胸が、ぎゅっと締めつけられる。
忘れたつもりでいた。
忘れなければ、生きられなかった。
「君の目を見ることもなく、
弁明を聞くこともなく、
“遊びだった”と言い捨てた」
その言葉が、今さらになって胸に刺さる。
イリスが、静かに視線を伏せた。
*
「許されるとは、思っていない」
ルーカスは続ける。
「君の人生を壊した事実は、消えない」
「それでも」
ようやく顔を上げる。
「僕は、あの時の自分を否定する」
リリアーナは、言葉を探した。
怒りは、もう形を失っている。
悲しみも、時間に削られていた。
残っているのは――
確かめたい、という気持ちだけだ。
*
「……殿下」
ゆっくりと口を開く。
「私は、あなたを許すかどうかを考えていたわけではありません」
ルーカスの目が、わずかに揺れる。
「私は、あなたが“何を選ぶ人間か”を見ています」
リリアーナは、はっきりと言った。
「イリスを、大切にしてください」
一瞬の沈黙。
「それが、条件です」
それは復讐でも、取引でもない。
ただの、願いだった。
*
ルーカスは、深く息を吸った。
「……約束する」
迷いのない声。
「イリスを、逃げ場所にしない」
イリスの肩が、小さく揺れた。
「彼女が背負ってきたものも、
これから背負うものも」
「すべて、僕自身の意思で引き受ける」
イリスは、思わず唇を噛む。
「ルーカス……」
「王子ではなく、僕として」
彼は、彼女を見た。
「君を選ぶ」
その言葉は、甘くも劇的でもない。
だが、揺るぎがなかった。
*
その空気を、エドガーが静かに切った。
「……時間がない」
いつも通りの低い声。
だが、今日は逃げがない。
「……王は、動く」
「……明日だ」
全員が、現実に引き戻される。
*
テーブルの上に、王城の見取り図が広げられた。
地下。
宝物庫。
警備の動線。
ルーカスが指をなぞる。
「王が賢者と対峙している間、
警備は表に集中する」
「その隙に」
視線が、リリアーナとイリスへ。
「二人は、地下宝物庫へ向かってほしい」
私は、頷いた。
「珠を、壊す」
イリスが、静かに言う。
「呪いは、暴走しない。
あれは恐怖を増幅する器でしかない」
エドガーが、短く息を吐いた。
「……壊せば、終わる」
*
作戦の確認が終わり、再び沈黙が訪れる。
それは、決意のための沈黙だった。
イリスが、リリアーナの前に立つ。
「……一緒に行ってくれる?」
かつて、敵だった人。
かつて、割り切れなかった人。
でも今は――
「行きます」
私は答えた。
「一人じゃない方が、怖くないでしょう」
イリスは、少しだけ笑った。
「ありがとう」
*
夜更け。
それぞれが、部屋へ戻る前。
エドガーが、私の前で立ち止まった。
「……危険だ」
また、その言葉。
でも、今度は違う。
「分かっています」
「……それでも?」
「それでも、です」
私は、彼を見上げた。
「私は、あなたの呪いを背負うためにいるんじゃない」
一拍。
「あなたと、一緒に終わらせるためにいます」
エドガーの目が、ほんの少し揺れた。
「……戻ったら」
低い声。
「……話そう」
命令でも、条件でもない。
約束だった。
*
その夜、誰も眠れなかった。
だが、逃げる者はいない。
赦しは、もう与えられた。
誓いは、交わされた。
残るのは――行動だけ。
明日、王都で。
それぞれが、
自分の罪と、選択と、未来に向き合う。




