第13話 呪いが連れてきた子孫
沈黙は、長く続いた。
ランプの灯りが、小さく揺れている。
炎の音だけが、かすかに耳に届く。
エドガーは、その沈黙を急がなかった。
急ぐ必要がないことを、知っていたからだ。
「……呪いは、即効性のものじゃない」
ようやく口を開いた声は、低く、静かだった。
「……俺は、長く生きる」
それは誇りではない。
ただの事実。
「……罰は、時間を使う」
ゆっくりと、言葉を置くように語る。
*
王妃は死んだ。
国も、消えた。
だが、それで終わりではなかった。
滅びたはずのものは、形を変えて残る。
それが、魔女の呪いだった。
血は、簡単には途切れない。
完全に断ち切ることなど、できない。
――呪いは、待つ。
百年でも、二百年でも。
必要なら、もっと長く。
*
「……血を、辿る」
エドガーは、淡々と言った。
「……形を変えながら」
「……人に、宿る」
それは、彼が三百年の間に見てきた現実だった。
魔女の血は、表に出ることは少ない。
だが、完全に消えることもない。
感受性として。
執着として。
あるいは、被害者意識として。
*
「……その末裔が」
言葉を、ほんの一瞬だけ止める。
「……イリスだ」
名前を口にした途端、胸の奥が、わずかに痛んだ。
*
「……彼女は、何も知らずに生まれた」
それは、何度も自分に言い聞かせてきた事実だった。
「……呪いを、継いだわけじゃない」
「……王妃の意思を、背負っているわけでもない」
「……ただ」
一拍。
「……繋がっているだけだ」
それ以上でも、それ以下でもない。
*
イリスは、賢かった。
聡明で、現実を見ていて、
自分が何者かを、冷静に理解していた。
だからこそ、彼女は「被害者」だった。
王妃の復讐の意思を知らず、
それでも、呪いの余波の中で生きることになった。
*
リリアーナが、静かに口を開いた。
「……では、イリス様は……」
その先の言葉を、彼女は言わなかった。
だが、問いは明確だった。
「……被害者だ」
エドガーは、即答した。
迷いはなかった。
「……俺も、王妃も」
「……誰も、正義じゃない」
正義だった者など、いない。
あるのは、
奪われたものと、奪い返そうとした行為だけだ。
*
「……だから」
エドガーは、拳をゆっくりと握った。
「……俺は、選ばなかった」
誰も。
意識的に。
徹底的に。
「……同じことを、繰り返さないために」
触れない。
結ばれない。
心を預けない。
それが、彼なりの贖罪だった。
*
三百年。
誰かを救っても、
誰かに必要とされても、
決して“特別”にはしなかった。
そうしなければ、
また、世界を壊す。
そう信じていた。
*
「……でも」
言葉が、詰まる。
今まで、何度も語ってきたはずの過去なのに、
ここから先は、違った。
「……お前は、違った」
視線が、自然とリリアーナに向く。
「……選ばれたくなかった」
それは、事実だった。
彼女は、選ばれることに傷ついてきた人間だ。
「……それなのに」
それ以上、言葉が続かなかった。
――言えば、境界を越える。
*
沈黙を破ったのは、リリアーナだった。
「……強くなったんじゃないんですね」
その声は、責めるものではなかった。
理解しようとする声だった。
エドガーは、ゆっくりと首を振った。
「……怖くなった」
それだけで、十分だった。
*
夜。
リリアーナは、自室で一人、考えていた。
賢者という存在。
国を滅ぼした怪物。
三百年生きる異端。
――どれも、正しい。
でも、それだけではない。
この人は、
二度と同じ過ちを犯したくないだけの人間だ。
だから、選べなかった。
だから、強く見えた。
*
リリアーナは今日、
エドガーの恐怖が、今の優しさを形作っていることを知った。
そして同時に――
その恐怖の先に、
自分が立ってしまっていることにも。




