表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛を信じない元令嬢は、甘えたい呪われ賢者に選ばれる  作者: antomopapa


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/2

第1話 没落令嬢と、距離の近い賢者

完結まで毎日更新予定です。

本作は、

「選ばれて傷ついた女性」と

「選ぶことを恐れ続けた男性」が、

それでも互いを選び合うまでの物語です。

最後までお楽しみいただけましたら幸いです。


 王子ルーカス・アルヴァインが、私を見て言った。

「――遊びだった」

 その一言で、私の人生は終わった。

     *

 爵令嬢リリアーナ・クロイツ。

 それが、つい昨日までの私の名前だった。

 アルヴァイン王国第一王子の婚約者として名を連ね、王城に出入りし、王妃教育を受ける日々。

 誰もが当然のように、私を「次代の王妃候補」と呼んでいた。

 ――その未来が、ある朝、音もなく断ち切られた。

 理由の説明はなかった。

 前触れもなかった。

 王城へ呼び出されたその日、謁見室に集められた貴族たちの視線は、最初から私を裁くものだった。

     *

「クロイツ子爵令嬢リリアーナ」

 冷え切った声で読み上げられた罪状は、耳を疑うものだった。

 国家反逆罪。

 国家機密の漏洩。

 反王権勢力との密通。

 王権転覆を企てた疑い。

 一つとして、身に覚えはない。

「……お待ちください」

 声が震えたのは、恐怖ではなく困惑だった。

 あまりにも現実感がなく、悪質な冗談にすら思えたからだ。

 けれど、私が一歩踏み出した瞬間、衛兵が前に出た。

 ――ああ、これはもう決まっている。

「ルーカス殿下、私は――」

 最後の希望のように、その名を呼んだ。

 視線の先で、王子は微笑んでいた。

 かつて、私に向けられていたのと同じ、優しい形の笑みで。

 だからこそ、その言葉は残酷だった。

「君とは、遊びだった」

 淡々とした声だった。

 まるで、書類の一項目を消すような口調で。

「子爵如きが、将来の王になる僕と釣り合うと思っていたのか?」

 一瞬、何を言われているのか理解できなかった。

 子爵。

 如き。

 耳が、熱くなる。

「遊びと本気の区別もつかないとはね」

 王子は、少しだけ肩をすくめた。

「君には、正直……失望したよ」

 失望。

 それは、まるで私が裏切ったかのような言い方だった。

 ――違う。

 裏切られたのは、私の方だ。

 信じていた未来も、

 信じていた言葉も、

 信じていた感情も。

 すべて、この人の口から否定された。

     *

 王子の一言で、すべては確定した。

 クロイツ家は反逆者の一族として断罪され、爵位は剥奪。

 財産は没収。

 家は没落。

 私自身もまた、令嬢の名を失った。

 牢に入れられることはなかった。

 だがそれは、慈悲ではない。

 ――賢者の屋敷で働け。

 それが、王命だった。

     *

 王国でただ一人の賢者、エドガー・ヴァルシュタイン。

 三百年生きると噂される存在の屋敷で、強制的にメイドとして働くこと。

 それは保護ではなく、管理だった。

 王家の目の届く場所へ置くための処分。

 かつて王妃になるはずだった私は、

 その日、名前以外のすべてを失った。

 ――愛を、信じる心ごと。

     *

 王都の冬は、骨身に染みるほど冷たい。

 城を離れ、馬車で郊外へ向かう間、私は窓の外を見つめていた。

 見慣れた街並みが、少しずつ遠ざかっていく。

「……ここです」

 案内人が告げ、馬車が止まった。

 高い塀に囲まれた古い屋敷。

 装飾は少なく、窓も少ない。

 静かすぎて、不気味なほどだった。

 ――賢者の屋敷。

 門をくぐった瞬間、音が消えた。

 足音が、妙に吸い込まれる。

 人の気配はあるのに、誰もいないような感覚。

「……来たか」

 背後から、低い声。

 振り返った瞬間、私は息を呑んだ。

 近い。

 あまりにも。

 いつの間にか、すぐ背後に立っている。

 背の高い男だった。

 濃紺の髪、切れ長の目。

 整った顔立ち――正直、驚くほど整っている。

 だが、目が笑っていない。

「……リリアーナ・クロイツ」

 名を呼ばれ、背筋が伸びた。

「本日より、お世話になります」

 頭を下げると、沈黙が落ちた。

 長い。

 評価されているのか、忘れられているのか分からない。

「……顔、上げろ」

 小さく、命令形。

 顔を上げると、彼――賢者エドガーは、じっと私を見下ろしていた。

「……ふむ」

 それだけ言って、また黙る。

(……以上?)

 戸惑っていると、突然、手首を掴まれた。

「……行く」

「どこへ――」

 答える前に引かれる。

 強引ではないが、拒否の余地はない。

     *

「……掃除。食事。洗濯」

 屋敷を歩きながら、彼は最低限の説明だけを口にした。

「……勝手なことはするな」

「承知しました」

「……必要な時は呼ぶ」

 その“必要”が何なのかは、説明されなかった。

 廊下を曲がった瞬間、私は足を止めた。

 同時に、彼も止まる。

 次の瞬間、前に引かれた。

 視界が揺れ、気づけば胸にぶつかりそうになる。

 エドガーの腕が、私の背に回っていた。

「……動くな」

 低く、短い命令。

「賢者様?」

 顔が、近い。

 吐息がかかる距離だ。

 数秒――いや、それ以上。

「……離れても?」

「……ああ」

 解放され、私は一歩下がった。

「今のは……?」

「……ぶつかると思った」

 それだけ。

(……距離の取り方が極端すぎます)

     *

 夜。

 用意された小さな部屋で休んでいると、扉が叩かれた。

「……起きてるか」

 賢者の声。

「何かご用でしょうか」

「……眠れない」

 それだけ言って、黙る。

 どう返せばいいのか分からずにいると、彼は一歩近づき、

「……手」

「……はい?」

「……握れ」

 一瞬、言葉を失った。

「それは……」

「……離すな」

 命令が、重なる。

 真剣な顔だった。

 冗談ではない。

「……落ち着く」

 ぽつりと、そう言って。

 私は、拒めなかった。

 指先が、わずかに震えていることに気づいてしまったから。

 ――この人は、危険だ。

 顔が良くて、無自覚で、距離感が壊れている。

 けれど。

 それでも私は、この屋敷で生きていくしかない。

 没落令嬢と、距離の近い賢者。

 奇妙で、不穏で――

 それでも、どこか逃げられない共同生活は、こうして始まった。

 私はまだ知らない。

 この賢者が、世界で一番“甘えたい人間”だということを。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ