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銀狼、月を攫(さら)う  アルベールとエレナ  作者: AKIRA


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7 銀狼の涙、沈黙の誓い

 数週間後。


王都に凱旋した軍の列に、アルベールの勇壮な姿はなかった。

私邸に運び込まれたのは、血に染まり、あちこちが損壊した銀色の甲冑。そして氏の縁で薄氷の意識を繋ぎ止めているかつての『銀狼』だった。


「アルベール様……!」


エレナが寝室に駆け込んだ時、部屋には死のにおいと、医官たちの絶望した沈黙が満ちていた。


アルベールはかつての猛々しさを失い、青白い顔で横たわっている。その銀狼の瞳が、わずかに、本当にわずかに開いた。


「……エレナ……。……逃げろ。……お前を、縛るものは……もう、何もない……自由だ」


死を目前にして、彼は彼女を解放しようとした。略奪者としての罪を、彼女の「自由」という形で(あがな)おうとしたのだ。だが、エレナはその震える手を、砕けんばかりに強く握りしめた。


「自由など要りません……今の私を縛っているのは、鎖でも貴方の権力でもない。貴方が言った、あの『何度でも』という、呪いのような約束ですわ」


エレナは凛とした声を叩きつける。


「生きなさい!アルベール!起き上がって、またあの一輪の花を持ってきなさい!私を呆れさせ、笑わせ、最後には私が『降参よ』と言うまで……それまでは絶対に逝くことを、私は一生許しません!」


エレナの凛とした叱咤が、死の静寂に包まれようとしていた寝室に響き渡った。


その瞬間、アルベールの胸がわずかに波打ち、彼は深く息を呑んだ。

死へ向かおうとしていた意識が、彼女の激しい呼び声によって、現世へと繋ぎ止められたかのように。


エレナが震えながら彼を見つめると、アルベールの瞳がゆっくりと潤み、そこから一筋の熱い雫がこぼれ落ちた。


アルベールは、泣いていた。

声も上げす、表情を動かす力も残っていない。ただ、その瞳から止めどなく、熱い涙が流れ出していた。

「愛している」という言葉よりも「死にたくない」という叫びよりも。ずっと純粋で剝き出しの心が、彼の瞳から溢れ出していた。


言葉はもう要らなかった。


死に瀕した男のその無言の涙が「お前の傍に居たい」「逝きたくない」という何万の言葉を代弁していた。


「……そうですわね。不器用な貴方には、これが一番伝わりますわ」


互いの涙が混じり合い、繋いだ手と手を通じて、熱が通い合う。

かつては「強奪」という暴力的な形で始まったふたりの関係が、今、死の境界線を越えて、解けることのない一つの運命になった。


まどから差し込む銀色の月光が、重なり合い、涙にぬれた手を固く握りしめる二人を等しく照らしていた。命尽きるその瞬間まで。何度でも、何度でも、この手を離さない。


その静かな誓いだけが、深い夜の中に溶けて行った。

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