6 散らぬ花と、銀狼の咆哮
月明かりの部屋。エレナがアルベールから受け取った一輪の野の花を、花瓶にそっと生けたその時だった。
沈黙を切り裂くように、夜の静寂を震わせる『音』が響き渡った。
ゴォォォォォォン!
王都の四方に配された非常招集の鐘。それと同時に石畳を叩く激しい軍靴の音と早馬のいななきが指定のすぐ外まで迫ってくる。
「アルベール隊長!国境の砦が陥落!陛下より『銀狼』に、即刻の出陣命令が下りました!」
叫び声と共に、執務室の窓を赤々と照らす松明の光が揺れる。
アルベールの顔から、先ほどまでの戸惑うような恋慕の情が消え、一瞬にして冷徹な軍人の仮面が張り付いた。
「……早いな」
短く呟いたアルベールは、一度もエレナと目を合わすこともなく、背を向けて自室へと歩き出した。戦場での彼は、私情を殺した冷酷な刃でなければならない。
エレナは、生けられたばかりの花のまだ震えている花びらを見つめた後、鎧を纏うために部屋を出ようとするアルベールに向かって、静かに、けれど強く声を掛けた。
「……忘れないでください、アルベール様」
アルベールの足が止まる。
「貴方は私に、『何度でも言う』とおっしゃいました。まだ、たった一度の花と数えるほどの言葉しか頂いておりません。……不誠実なことは、騎士としてなさらないことを信じております」
アルベールは振り返らなかった。だが、その拳が白くなるほどに握りしめられるのを、エレナは見逃さなかった。
(……ああ。お前が認めざるを得なくなるまで、俺の言葉はお前を追いかけ続ける。……待っていろ)
アルベールはマントを翻し、夜の闇へと消えていった。
エレナは、部屋に残された一輪の花を、守るように抱きしめた。その花の「続き」を聞くために、かれがまた、泥にまみれた手で花を摘んでくるその日まで。




