4 銀狼の空振り、あるいは不時着
王宮からの帰り道、馬車の中でアルベールは上機嫌だった。陛下にあれほどはっきりと「俺のものだ」と宣言し、エレナもそれに答えてくれた(ように聞こえた)。今ならいける。彼は根拠のない自信に満ち溢れていた。
屋敷に到着するなり、アルベールは玄関ホールでエレナの行く手をドラマチックに塞いだ。
「エレナ。陛下もお認めになった通り、お前はもう俺の戦利品であり、運命を共にする唯一の女だ」
彼はどこで覚えたのか、片膝をつきエレナの細い手を取って仰ぎ見る。戦場では敵を震え上がらせる「銀狼」の眼差しが、今ではキラキラと輝いている。
「俺は、お前を愛している。俺の妻になれ!お前のすべてを俺が支配し守り抜いてやる」
まさに直球。一切の飾り気を省いた、アルベールらしいストレートな求愛だった。彼は胸を張り、エレナが感極まって自分の胸に飛び込んでくるのを、(あるいは、羞恥に頬を染めるのを)待った。
だが、返ってきたのは、静寂だった。
エレナはゴミを見るような……というより、道端に落ちている得体の知れない物体を見るような目で、アルベールを見た。
「……お断りいたします」
一秒の迷いもない、即答。アルベールの表情が、勝利の笑顔のまま凍り付く。
「な……っ?何故だ!今、俺ははっきりと愛していると……」
「……アルベール様、お忘れですか?貴方は私をさらった『誘拐犯』なのですよ。私は無理やり連れてこられた『被害者』です。犯人に『愛している』と言われて『はい、そうですか』とうなずく女がどこにいますの?」
「だ、だが、陛下の手前、お前は俺の戦利品であることを誇りに思うと……!」
「それはそれ、これはこれです。あれはあくまで陛下を安心させるための社交界仕込みの演技に決まっているでしょ?本気にされるなんて、まあ、本当におめでたい頭をお持ちなんですね」
エレナはふん、と鼻を鳴らすと、彫像のように固まったアルベールの横を優雅に通り過ぎた。
「だいたい、その『支配してやる』という言い方は何ですの?私は貴方の領地でも軍馬でもありません。
愛がほしければ、まずはその野蛮な命令口調を直してから出直すことですね。……あと、声が大きすぎて、ご近所迷惑ですわ」
「ごっ、ご近所……っ」
アルベールは、背後で控えていた部下たちが一斉に視線を散らして、肩を震わせているのを感じて絶望した。「銀狼」と恐れられた男が、一人の令嬢に完膚なきまでに叩きのめされた瞬間だった。
「……待て!エレナ!俺は諦めんぞ!お前が認めるまで、何度でも言ってやるからな!」
階段を上がっていく彼女の背中に向けて、アルベールは負け惜しみのような叫びをぶつけた。エレナは振り返りもせずに、ただひらひらと優雅に手を振って、自室へと消えていった。だが、彼女の口元にはアルベールには見えない、小さな、本当に小さな『困ったような笑み』が浮かんでいたのだった。




