3 帝王の審判
略奪から数日後、ロドニア王国の玉座の間は、静かな圧迫感に満ちていた。
高い天井から差し込む光は、冷徹な王の権威を象徴するように一転を射している。
玉座の間。静寂を破るアルベールの軍靴の音と、エレナの衣擦れの音が響く。
王座に深く掛けたゼノス陛下は、頬杖をついたまま、眼下の二人を射抜くような瞳で見つめた。
「……アルベール。貴様の副官から報告は受けている。反勢力を討伐した帰り、あろうことか奴隷商人の馬車を襲撃し、証拠品と称して女を一人、力づくでさらってきたそうだな」
ゼノスの低く重厚なな声が響く。しかしそこには叱責よりも、友が犯した「理不尽な蛮行」への興味が混じっていた。
「陛下。……不法な売買の疑いがあった故の処置です。異論はございません」
アルベールは不敬に言い放った。ゼノスは薄く笑みを浮かべてアルベールの隣で優雅に跪くエレナへと視線を移す。シンプルな装いであればあるほど、彼女自身の持つ「光」が際立って見えた。
「さらわれた当人はどうだ?……エレナと言ったか。没落した名家の「月」が、野蛮な「狼の牙」にかけられた気分は?」
エレナはゆっくりと顔を上げた。王の放つ圧倒的な孤独と覇気に怯むことなく、彼女は完ぺきな作法で、透き通った声で答えた。
「陛下。私はそうは思っておりません。……あの日、全てを失い泥の中にいた私にとって、この方は唯一、私の『名』を、そして『命』を、力づくでつなぎとめた御方です」
その毅然としたたいどに、ゼノスはわずかに目を見張った。
「野蛮……と仰いましたか。ええ、確かにこの方は道理も法も無視して私を連れ去りました。ですが、その強欲なまでの生への執着のおかげで、私は此処に来ることが出来ました。……私は、この方の『戦利品』であることを、誇りに思ってすらおりますわ」
「……ほう」
ゼノスは感嘆のため息を漏らした。王という絶対的な高みに立ち、誰からも本音を語られず、ただ敬遠される孤独を知るゼノスにとって、主君を恐れず、自分の主(アルベール)を肯定してみせた彼女の気高さは、眩しいほどに輝いて見えた
「アルベール、貴様、とんでもないものをさらってきたな。この女は貴様の剣よりも鋭い牙を持っているぞ」
「……分かっております。ですから、誰にも渡すつもりはありません」
ゼノスは玉座の背もたれに身体を預け、二人を見つめた。
自分を慕い、忠義を尽くすアルベール。その彼が、初めて『王への忠義』よりも『個人の欲』を優先させた。その危うさが、孤独なゼノスの心をわずかに和ませた。
「よい。……その強奪、不問に付す。アルベール、その女を貴様の影につなぎとめておけ。……だがな」
ゼノスは少しだけ声を低めた。
「もしその『月』が、貴様の孤独をいやすどころか、貴様を狂わせる『毒』になるのなら……その時は我がこの手で、お前たちを始末してやる。それが我が友に対する唯一の慈悲だ」
「__感謝いたします、陛下」
アルベールは深く首を垂れた。
退出する際、ゼノスは二人の後姿をいつまでも眺めていた。自分には決して手に入らない「泥まみれの純愛」を、その目に焼き付けるかのように。




