安全地帯
保律室へ戻るまでの短い時間では美夜の体調は良くならなかった。けれど「休んだ方がいい」という弥生の言葉を無視して「今話します」とソファに座ったのは、正気に戻った自分がこの現象を上手く説明できるか自信がなかったからだ。
美夜が息を整えて何から話すか考えてる間に、弥生が見張りに残っていた二人に話を通していたようで、気付けば全員がソファに座り美夜が話し始めるのを待っていた。
「えっと、まず、二人ともが無事で良かったです」
「ああ。美夜が言っていた通りここは安全地帯だったようだ。簡単に報告するけど、化け物はここに返づいてくる気配もなかったよ」
「それより、佐藤は大丈夫か?顔色が悪いし休んだ方がいいんじゃ…」
「今話しておきたいの」
「本人がこう言っていることだし、とりあえず佐藤さんから話を聞こう。余計な口を挟まないようにして、話し終わったらすぐ彼女には休んでもらおう」
弥生の計らいで、美夜は誰にも口を挟まれることなく夢の中の出来事を語り始めた。
馬鹿みたいに滑稽な話だと美夜は話しながら思ったし、実際に口に出てしまったかもしれない。
夢の中の出来事が過去に起こった本当のことで、自分は誰かの記憶を追体験した。だなんて自分が当事者でなければ到底言じられなかった。
けれど、夢で見た場所に隠し通路はあったし、その中に死体もあった。
これだけが、美夜の見た夢が誰かの追体験だったことを証明してくれる。
それでもきっと、本当に理解出来るのはこの現象に出会ったことのある者たちだけだとも思った。
なんとか全てを話し終えた美夜は、「すみません」と断りを入れてから保健室に常設されているベットの中へと潜り込んだ。
それを引き留める者はおらず、美夜はすんなりと意識を落とした。
美夜の意識が落ちている時、残った三人は美夜の話を聞き終えて、思ってもいなかった根拠に数分口を開くことが出来なかった。
「まさか夢での追体験…」
「けど、その夢の通り本当に死体があったんだから、信じるしかないと思う。というか、こんな可笑しい場所にいるんだから、どんだけ不思議な現象だろうと証人として見届けたからには僕は佐藤さんの言葉を信じるよ」
「夢の出来事が本当にあったことなら、今も佐藤はその夢を見てるってことっすか?」
「それは分からない。どうして美夜だけそんな夢を見たのかも分からないし…」
「……僕らも寝てみますか?」
弥生の提案は検証の意味も含んでいたが、それよりも大部分は自分の為であった。
保健室に帰ってこれた時から、今すぐ眠りたいほどの疲労感に襲われていたのだ。
急に不思議なことに巻き込まれて、訳もわからぬうちに化け物に追われ、警戒していたところに死体の証人となり、その上で後輩の体調不良が重なったことで弥生は精神的に疲れ果てていた。
勿論自分だけがこんな思いをしているなんて思っていない。
他の皆も疲れているとは理解している。だからこそ表立って「もう疲れたし、みんなで寝ましょうよ」と言えるほどの度胸がある訳でも空気が読めない訳でもないのだ。
だからこそ今がチャンスだと思っての発言だった。
「……全員寝るってのも何かあったら怖いし、アタシは起きてるよ。けど、三時間経ったら交代ってことにしてもいいかな」
「あの!俺が起きてますよ!なので先輩たちが先に休んでください!」
しかしここで責任感の強い茜と、運動部特有の上下関係の厳しさを身をもって知っている一年の雄也が見張り番に立候補した。
いくらここが安全地帯だと言って、その証拠があったのだとしても、本当に襲われないかどうかの確信はない。だからこそ、心から信じることは難しい。
この状況で四人とも意識を手放して、その間に何か起こるなんてことがあれば最悪だ。
だから見張り番として起きている人がいるというのは納得できる。正しい判断だ。
だけど、最高学年とはいえ女の先輩を差し置いて男の僕が寝るパターンと、一年生を見張り番として差し出して寝る二年生…なんてどっちにしろ最悪な構図じゃないか?
寝たいという強い願いの狭間に弥生の中にある良識や、カッコつけしいの思考がノイズとして割り込んでくる。
結果として口から出た言葉は、「……一番最初は僕が見張り番しますよ」という偽善的な言葉だった。
それからも「自分が」と立候補を続けてくれる言葉たちを説き伏せて、弥生が見張り番として起きていることになった。
「先輩、すんません!ありがとうございます!お休みなさい!」
「悪いね、弥生。先に休むけど、三時間経ったらアタシを起こして。その次は雄也を起こすから、また三時間後に美夜の具合が良さそうなら雄也は美夜を起こして。具合悪そうなら、ごめんけどもっかい弥生で」
「僕は大丈夫なんで、しっかり休んでください。お休みなさい」
大まかな順番を決めて、二人が布団に入っていくのを見届ける。
二人とも疲れが溜まっていたのだろう。すぐに寝息が聞こえてきた。
あ〜〜いいなぁ!と心の中の弥生が暴れるが、自分が二人を言いくるめた結果なので黙って保健室に置いてあった時計を持ってきてソファに腰掛けた。
時計の指している針は23時6分だ。
保健室の窓から見える空は暗く、今が夜であることが伺える。
ここに来てからまだ一日も経過していないが、目まぐるしい一日だったと言ってもいいだろう。
この時間が現実世界と同じ時間が流れているのか分からないが、今頃両親は心配しているだろうな。
そんなことを思いながら、弥生は鞄から一冊の本を取り出した。
ここから三時間。寝ないようにしなければ。
そんな決意を固めながら、弥生はページを捲った。




