死体の在処
一人くらいには「馬鹿なことを!」と罵倒されても可笑しくない現状だと思ったが、思ったよりもここに集まった人達は理性的な人間の集まりなのかもしれない。
感情的な声はいつまで待っても美夜に投げかけられなかった。
「……ここが本当に安全地帯ならいいなって思う。ずっと気を張るのも疲れるしね」
沈黙を破ったのは茜だ。
「……けど、この狭い保健室に人の死体があるとは到底思えないんだけど…」
「確かに!ここってベッドとソファーくらいしか無いっすもんね」
保健室には三台のベッドと、来客用のソファーとテーブル、掃除道具が仕舞ってあるロッカーに養護教諭の机があるくらいで、至ってシンプルな作りである。
ベッドを仕切るようについてるカーテンは全て開けられていて、そこは当然のように無人だ。
人の死体なんて何処にも無さそうな狭い室内だが、その狭さが逆に、美夜の確信を高めていった。
「……美夜がどうしてそう思ったのかも分からないけど、その話が本当かどうかの判断はその死体とやらがあるかどうかで決まる。全員で探すのは化け物が襲ってこない保証がないから無理。だから美夜と、証人として誰か一人がその死体を探そう。残り二人がこのドアの前で化け物の監視って事でどう?」
「それなら俺はこのままドアを抑えてます!」
雄也が見張りに残ることを宣言し、残ったのは茜と弥生だ。
「あー…。谷本さんはどっちが良いですか?僕はどっちでもいいんで、先輩が決めてください」
「アタシは、そうだな…。ここで化け物の監視かな。何かあったらアタシが囮になってこの保健室から遠ざけるよ。足の速さには自信があるから」
「俺も戦うっす!!」
「うん。こっちには雄也もいるし、弥生さえ良ければ美夜に着いてって欲しい」
「分かりました」
役割が決まったが、別れて行動する前に化け物の位置を確認しようと言う茜の一言で雄也が音を立てないように慎重にドアを開けて位置を確認した。
「こっちを見てますけど、近くはないです。その場で足踏みしたまま何か言ってますけど、聞こえないっすね」
「……うん。やっぱりすぐ襲われるとかいうことは無さそうだ」
距離があることを確認出来たので、改めて美夜は弥生を連れて保健室の中を歩く。
美夜が向かうのは、入口から一番離れた壁に沿って取り付けられているロッカーだ。
「この中に死体が?」
弥生がロッカーを開けようとして彷徨った手を下ろしたところで、美夜は「開けてもここには掃除用具しかありませんよ」と告げた。
美夜の言う通り、このロッカーには掃除用具しか入っていない。
弥生は念の為と言って、今度は迷いなくその扉を開けたが、美夜の言葉通り、中には箒やちりとりといった当たり障りのないものしか入っていない。
扉を閉めようとした弥生の耳に何処からか風の音が聞こえた気がした。
「風…?」
「この後ろに通路があるんです」
弥生と協力して横へとズラしたロッカーの後ろには、古びた扉があった。
ロッカーが無くなった事で、内側から吹く風によりキィキィと歪な音を立てる。
鍵は既に壊れているようで、扉を押し開けた少し先の通路に南京錠が落ちていた。古びたそれは、かなり昔の物のように思える。
「保健室にこんな所があったなんて…。いや、それともここが異常だからこんなものがあるのか?」
「詳しいことは分かりませんが、目的のものはこの先にあります」
視線の先には階段があり、地下から風が吹いているようだった。
薄暗い階段を降りるために、ポケットに入れていたスマートフォンを取り出して懐中電灯の機能を使う。
相変わらず文字化けはしているが、機能自体はちゃんと使えるようだ。
ボタンの場所も何となく覚えているので、特に問題なくライトが点いた。
階段を降りる美夜の後に弥生が着いてくる形で下へと降りていく。
階段は広さがあり、二人並んでも隙間があるくらいには横幅があるが、何か起こるといけないので、弥生は美夜の数歩後ろを着いていくことになったのだ。
初めて降りるはずなのに見覚えのある感覚。
美夜は自分が間違ってないと確信しながら、一歩一歩確実に階段を降りていく。
しばらく歩いたが底にはまだ到達しない。
「深いな…」
「あ、」
照らした先に白いものが映る。
それは白骨化した遺体だった。階段の隅にジッとして、ただそこにいた。
空腹に耐えるように、何かに怯えるように、誰かが助けてくれるのを期待しているかのように、真っ黒な空洞が美夜達を見ていた。
「ホントにあった…」
「……ここで死んだら、時間が流れるのね」
美夜が夢で見た女は、まだ白骨化まではしていなかった。骨と皮のみになった体躯で、虚ろで伽藍堂な目をしていた。
それが「これがお前の末路だ」と言われているようで恐ろしかった。
だから振り払うように走った。
生きたくて逃げた先で、結局は特大の痛みを与えられて、最期は血溜まりの中でたくさんの恐怖と後悔の中で意識を失ってしまったのだけれど。
そんな夢を思い返していた美夜は、「おい!」という声にハッとして、弥生を見た。
「え…」
「大丈夫か!?」
いつの間にか、弥生は美夜と目線を合わせていた。
美夜が前を歩いていたので、弥生は美夜を追い越して前に回っていなければ目は合わないはずだ。
「だ、いじょうぶ、です」
「何回か呼びかけたんだ。けど、返事がなかったから…」
痛いくらいに掴まれていた肩から手が離れる。
気付けばなんだか背中がじっとりと湿っていて、自分の息が酷く乱れているのが分かった。
「一度戻ろう。それで、一回休んで、元気になって、大丈夫そうなら、なんで知ってたのか、詳しく話してもらう」
弥生が今後の予定を話しながら美夜の背中を支えるようにして階段を上がっていく。
「ただ、君の言ってたことはホントだった。だから、一応保健室は安全だって、先輩達には言っとく」
いつの間にか弥生が美夜のスマートフォンを手にしており、美夜の足元を照らしていた。




