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放課後16時44分、異界にて  作者: 秋月椛
第一章 異界にて
7/10

来ない理由

2026/1/8 修正


「いる」という一言にパニックになる人が出なかったのはある意味幸運だろう。

黙ったままの空間に、息をする音だけが続く。


それを破ったのは茜だった。


「……近い?」


先程までのハキハキと喋っていた声とは違う声音。

たった一言だったが、彼女が緊張している事が伝わってきた。


「一年一組、教室前。こっちを向いてました」


雄也はドアが開けられないようにする為か必死に抑えており、それでも受け答えは正確だった。

目線はドアの前から動くことはない。


「もうドアの前に?」

「いや、そんな感じはないっす」

「足音は?」

「してます。けど、近くはない感じ」

「ドアを閉めた時に音も出してる…。こっちに気付いてるのは確実だよね」


近くはない、という言葉に若干の緊張が解れていくのを感じた。


「見付けたら即ロックオンみたいなタイプだと思ったんだが…違うのか?」


確かに。と弥生の言葉に美夜は言葉なく同意する。

けれど、すぐ襲ってこないのなら好都合だ。


「とりあえず、みんな。何か武器を持とう」

「そう、ですね…。何も無いよりかはマシだ」

「雄也くんは…バットがあるからそれが武器ってことでいい?」


茜の言葉に賛同したそれぞれが武器になるものを探しに動く。

雄也はドアを抑えながらも片手にはバットを握り締めているので、いざとなればアレで攻撃をするつもりだろう。美夜の言葉に頷いたのを確認し、次に自分の武器のことを考える。


頭に浮かんだ武器は一つだった。

美夜は鞄から年季の入った鏡を取り出した。鏡が苦手かもしれない、という不確かな状況だったが、これしかないと思ったのだ。

美夜の持っている鏡コレクションの中で手放してもそこまで惜しくはない安物の鏡だ。

コンパクトタイプなので開かない限りは鏡が物事を映すことはない。鏡を使う存在がいるかもしれないというリスクはあるが、今は目に見えない存在に怯えている場合ではない。

化け物には有効的だろう物で勝負を挑むつもりだ。


ついでに鞄の中に入れていたスマートフォンも取り出してポケットに仕舞う。

文字化けはしていたが、いつか使えるかもしれない。その時は三人に連絡先を聞いておこうと思いながら、美夜は入口近くへと戻った。


二人は既に集合しており、茜が持っているのは消毒液だった。形はスプレー型で、目に入れば痛いし、飛距離もある。力も要らないので扱いやすそうだった。


対して、軽い武器を選んだ美夜と茜とは違い弥生が選んだのは花瓶であった。

小ぶりではあるが、鈍器なので攻撃力はあるだろう。それを布で包んだ彼が、確かめるようにブンっと振った。一輪挿し用の花瓶なので振りかぶりやすそうだ。


「どんな感じ?」

「それが…、おかしいんです。一向に近付いてこない。なんか言ってるみたいなんすけど、遠くて聞こえないっす」


その言葉に全員でドアに耳を当てる。

確かに何かを言っているようだったが、内容までは聞こえなかった。

しかし、遠くともドタドタとした足音は聞こえるので、まだ一階にいることは間違いない。


「なんか…、地団駄を踏んでるみたいだ」


弥生の言葉に改めて足音を聞けば、確かにその音は地団駄を踏んでいるように聞こえる。


「もしかして、ここに入って来れないとか…」


そう口にしてから、美夜はふと自分が気絶していた時に見た夢の内容を思い出した。

確証はなかったが、美夜はどうしても自分の見た夢がただの夢だとは思えなかった。


「……あの、今から突拍子もないことを言います」


その理由を確信するために、美夜は言葉を発した。


「もしかしたら、ここに化け物は来ないかもしれません。けど、その証拠を出せって言われても、私自身が半信半疑なので難しいです」


三人の注目を集めながらも言葉を続ける。


「けど、私の考えが…、妄想…いや、願望?に、近いものですけど…、それが正しければ、きっとこの保健室にはあれがあるはずです」

「あれって?」


茜の言葉に、美夜は夢の中の出来事を思い浮かべるように目を閉じた。

あれを見て感じた恐怖を、美夜は自分の事のように思い出せる。


__怖かった。怖くて、保健室という安全な場所でずっとじっとしていたかった。でも動いていないと不安で、保健室の中を散策して、そして、見つけてしまった。


その時の足取りも、息苦しさも、心臓の音さえも鮮明に覚えていた。

そして、あれを見つけた時のどうしようもない程の恐怖も。


その存在を思い出して、美夜は言う。


「人の死体です」


物言わぬ骸はガリガリにやせ細っていて、酷く伽藍堂な目をしていた。

それが、()を見ていた。


「それがもし本当にあったなら、私の話が本当だったと、一旦信じて欲しいんです。どうしてそう思ったのかも、その時には話せます」


頭の可笑しい人になった気分で、美夜は続けた。

そのまま「お願いします」と頭を下げて返事を待つ。


痛いほどの沈黙が保健室の中に落ちた。

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