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放課後16時44分、異界にて  作者: 秋月椛
第一章 異界にて
3/10

化け物

※グロテスクな表現があります


※『化け物2』として分けていた部分を繋げました。また、細かい部分を修正。(2026/1/8追記)

一人取り残されたような不安感から、美夜は精神の安定を求めていつものように手鏡で己の顔を映した。

そこに映っているのは真っ青で、今にも泣きだしそうな顔の美夜だ。


「この鏡で映す顔はこれじゃない」


美夜はいつもするように笑顔を作る。何千回としてきた表情だ。息をするよりも簡単に美夜はその表情を作り上げて、改めて鏡の中に映る自分を見た。

そこには未だに青白い顔色をしているが、完璧な笑顔を見せる美夜がいた。


いつものルーティンを熟すだけで不思議と心が落ち着いてくる。


「ふぅ…。私の顔を見たら落ち着いてきた」


その言葉通りに冷静になった美夜は、今何をすべきかを考えられるようになった。

まずは手元にある唯一の手掛かりである鞄の持ち主を確認することからだろう。


誰も聞いていないと分かっていたが、人様の物を勝手に漁る罪悪感から無意識に謝罪の言葉が漏れる。


覚悟を決めて中身を確認すると、そこには教科書とノートが数冊、電子辞書に筆箱と実に学生に相応しい物が入っている。プリント類はきちんとファイルの中に収納されていて、きちんとした人という印象を受ける。底にはお弁当箱が入っているだろう保冷バックごと入っていて、リュックの許容量が高いことが分かる。その上にカバーの付いた小説が何冊か積み置かれていて、美夜の鞄とは正反対の真面目な中身である。

美夜の鞄には教科書やノートの他に雑誌や化粧ポーチ、ヘアアイロンやお菓子などが入っているため、誰が見てもこの鞄の持ち主が成績優秀者のものだとは到底思われないだろう。


とりあえず名前の分かるもの…と美夜が目を付けたのはノートだ。

国語と書かれたノートが手前にあったので、それを引き抜く。


「二年二組 坂口弥生(やよい)…。先輩だ」


やや右肩あがりの文字で書かれている学年が二年生であることに、若手の気後れをするが、

三年生じゃないだけ話しかけやすいと無理やり納得させて、立ち上がる。


ノートを元の場所に戻して先輩のリュックを肩にかける。自分のスクールバッグも肩に掛けているので負担が凄いが、流石に見ず知らずの人のリュックを背負うのは憚られた。


「一応、二年生の教室まで行ってみようかな」


職員室から出て左側に階段がある。そこから上がれば二年生の教室までいける。

二つの鞄を持って階段を上がっていると、バンッという荒々しく扉が開く音が聞こえた。

その後、ドタドタと複数人が走る音が聞こえる。その音に人がいると喜べたのは一瞬だった。


「……ァ、…………ァア!」


潰れた喉から無理やり捻り出したようなその声は到底人が出せるものではない。


「…………ァ”ァ”ア”ァ”ア”!!!!……ヒイ゛ィ゛ィィ゛……ヒガ……ッイイィ!!!!!ィア”ァ”ァ”!!!!!!」


考えるよりも先に身体が動いた。

急いで階段を登りきって乱れた息を必死に整える。鞄を床に置いて、バクバクと鳴る心臓が煩くて鏡を握りしめて落ち着くのを待つ。

未だに何かが暴れるような音がして、息を殺す。激しい足音に対して、声は一つしか聞こえない。


怖くて足が震えた。一歩も進める気がしなかった。それでも、何処かに身を隠さなくてはという思いが美夜の足を動かす。

階段を登ってすぐ右隣に理科室と音楽室がある。音楽室は防音対策で扉が他の教室よりも重たくて開けにくい。音楽室の方が奥にあるので理科室よりも距離はあるが、理科室よりも安心感があった。


だから美夜は音楽室まで震える足を叱咤しながら歩みを進めた。急がなければと思うほど足は縺れて転びそうになったが、声が近付いてきている気がして必死に足を進めて、なんとか音楽室の扉の前まで辿り着いた。


「……ァァァアアア」


扉を開けようと力を入れた瞬間、奥の廊下からおぞましい声がした。


正体不明の声の主を見ようなんて勇気はなかった。

けれども、目は自然と声の方へと向かう。


「なに、あれ……」


それは人と言うにはあまりにもおぞましい造形をした。


パーツは全て人のものであるのに、本来二本ずつである手足はあまりにも多く、複数人に思えた足音は全て一人が鳴らしている音だった。

ヒールを履いているもの、裸足のもの、色んな足音がその化け物から鳴る。


ペタペタと壁を這うように置かれる手は、人の可動域を明らかに越えた向きで付いている。


そして、顔と思われる部分は可笑しいくらいに膨れ上がっており、まるでお面を重ねて付けたように飛び出ていた。

実際、それは何十人もの顔の皮を重ね合わせていた。

その皮の隙間から滴っているのは血だ。何かを探すように動く首の皮膚の色は継ぎ接ぎで、化け物自身は視野が狭いのかぐるぐると周囲を見回しながら歩いてくる。


頭を振る度に、まるでイヤリングのように付けられた何個もの目玉が揺れた。


目の前の化け物は人の手足をもぎ取り、皮を剥ぎ、目玉を集め、それをまるでアクセサリーように自身に付けていた。


逃げようにも、音を立てることすら躊躇してしまう。

恐ろしい化け物を息を潜めて真正面から見続けることしか出来ない美夜は、込上がる吐き気を必死に抑えた。


あまりにも醜い姿に、全身が震え、気付けば背後の扉に背中をぶつけて、思わず声が漏れた。

そんなに大きな声を出したつもりはなかった。けれども耳が良いのか、その化け物は的確に美夜のいる場所に顔を向けた。


「イタイタイタイタイタイタイタイタイタイタイタイタイタイタイタイタイタイタイタイタイタ」


歓喜に震えるような声を上げて化け物が近付いてくる。一心不乱に数多の足を動かし、美夜を求めるように数多の手が蠢く。


化け物は沢山の足があるからか、不格好にしか動けないようで動き自体は遅い。

今から音楽室の扉を開けて中に逃げ込む猶予も、登ってきた階段に向かって走ることも出来るだろう。しかし、あまりの恐ろしさに美夜は一歩も動けなかった。


恐怖から力の抜けた美夜の手から鏡が落ちる。

それはガシャンッという音を立てて割れ、鏡の破片が廊下に飛び散った。

その音に、身体の自由を取り戻した美夜が叫ぶよりも早く化け物が咆哮をあげた。


「ガ……ァ!!……ッガミ゛ィ゛ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”!!!!!ィゥ、!!!ア”……ッガ、アア”!!!ィ”ィ”ゥ”イイィィィィ!!!!」


何かを叫んでいるのか。そもそも意味のある言葉を発しているのか。何も分からなかったが、何個もある手で頭を掻きむしるように振り上げて、その足達は美夜から距離をとる為に後ずさっていく。


「…………ァ”ァ”ア”ァ”ア”!!!!……ミイ゛ィ゛ィィ゛……ガガ……イイィ!!!!!ィア”ァ”ァ”!!!!!!」


咆哮に耳を塞ぎながら、砕けた破片の中でも一番大きなものを手に取り化け物に向かって投げた。

こんなものが効くとは思ってない。ただ腹立たしくて、鬱憤を晴らしたくて、少しでも抗う為の行動だった。


「うるさっ!!なんなのよ!!もうっ!!!!」


当たるとは思っていなかったそれは、化け物の腕に刺さり、その事にも化け物は咆哮をあげ、鏡の刺さった腕を他の手で無理矢理に引きちぎり捨てた。

そして、距離を取るかのようにゆっくりと後退していくその先は、一寸先も見えないような闇に包まれていた。

停電しているから。外が暗いから。そんな理由じゃない。

あれは、境界や境目のようなものだ。何も知らないのに、美夜は漠然とそう思った。


本来、交わるべきものじゃないもの。

それが美夜の前にあった。


闇の中へと消えていった化け物の咆哮はやがて聞こえなくなり、美夜はそこでやっと安堵の息を吐いた。


「……夢、じゃないんだよね」


足の力が抜けて、その場に座り込んだ美夜は、目の前の腕から目を逸らすように俯いた。


「疲れた…」


普段なら絶対にしないが、ひんやりとした廊下が気持ちよくて、現実逃避をするように床に身体を預けて目を閉じた。



______ありがとう…。



ふと、そんな声が聞こえた気がした。

【化け物】

???

???????

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