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始まり

︎︎放課後の教室というのは、日中の騒がしさとは比べ物にならないくらいに静かだ。

︎︎大半が部活動へと向かい、他は「用がないなら帰るように」と先生に促されて帰宅させられる為、部活もないのに教室に残る生徒というのは殆どいない。

︎︎「殆ど」と言ったのは、毎日部活もないのに一人で残る生徒がこの学校にはいるからである。


︎︎16:00になり、規定通りにチャイムが鳴った。それが見回りの時間になったことを知らせるものであるというのは教師であれば誰もが知っていることである。

︎︎職員室で書類のチェックをしていた天城はチャイムの音と共に机の上を軽く整理してから席を立った。

︎︎この見回りは当番制で行われており、部活動以外の生徒が教室に残っていれば、16:30までに必ず下校することを目的に行われている。

︎︎何故この時間に見回りをするのか。

︎︎何故16:30までの時間制限があるのか。

︎︎新任だった頃に天城の教育係であった人に聞いたことがあるが、返ってきた言葉は自分も良く知らないんだけど、という前置き付きの「昔からの伝統」という一言だけだった。


「見回りに行ってきます」


︎︎一言告げてから天城は職員室を出て一番近い三年生の教室から順番に見回っていくことにした。

︎︎天城の在籍する高等学校は、職員室のある一階に三年生の教室があり、学年が下がると階段を上る段数が増える。

︎︎クラスは三組まであるが、番号順に教室が連なっているので見回り自体は苦ではない。

︎︎順調に、部活動や補習の生徒以外が残っていないことを確認した天城は、最後の見回り先である一年三組と書かれた教室にやってきた。

︎︎このクラスは天城の担当しているクラスである。普段は騒がしいこの教室も、今では静かだ。けれど、このドアの先はきっと無人ではないと天城は確信していた。


︎︎授業態度は真面目。この前の中間テストの点数も軒並み高得点で、運動も出来ると体育担当の先生から報告を受けている。

︎︎そんな優等生の唯一の問題点を憂いて、天城は、はぁと息を漏らした。


︎︎そして、覚悟を決めて一年三組と書かれた教室を開けると、そこにはやはり、先程まで思い浮かべていた生徒がいた。


︎︎彼女は自席に座って、鞄を枕のように抱えながら器用に手鏡を翳して自分を眺めていた。

︎︎天城が来たと分かれば、だらしなかった姿勢をピンと正し、鏡を置いて身体ごと動かして人と話す姿勢を作るところなど、その所作には育ちの良さが伺える。


「佐藤さん」

「先生お疲れ様です。私、今日も用事があるので残りますね。16時半までには帰りますので」


︎︎佐藤と呼ばれた生徒は、その一言だけで何を言われるか理解して先回りした答えを天城に返した。

︎︎実際、佐藤の問いは天城が聞こうとしたことを答えだったので間違いではない。


「用事のない生徒は早く帰りなさいっていつも言ってるでしょ?」

「用はありますよ。ただ、部活として受理されてないだけで」

「『自らを見つめる活動』でしょう?受理されてないというか、五名以上の署名を集めた上で部活動設立申請書を記入の上提出しなさいと言っているのに貴女が出さないから…」

「だって人数が集まらないんですもの。だから大人しく毎日16時半にはちゃんと学校から出ていますし、ちょっとくらい良いじゃありませんか。…そもそも、どうして16時半までに帰らなきゃいけないんですか?部活をしてる生徒はいいのに」

「それは…、」


︎︎天城はこの問いに教師としての正しい答え方が分からず返事に困る。理由も分からない伝統、だなんて生徒からすればいくらでも反論の出来る回答だ。


「……いえ、ルールですから従わなければなりませんよね。今日も16時半には帰ります」

「え、あ…、そうですね。えぇ、そうしてくださいね」

「はい、先生。…でも、気になりますから、先程の問い掛けの答えがあれば是非今度教えてくださいね」


︎︎佐藤の言葉に天城は曖昧に答えて教室を出た。

︎︎天城も何故と疑問に思って教育係以外の先生達に聞いたのだ。けれども、誰もが「よく知らないが伝統だから」という言葉を返した。校長すらも前任からの引き継ぎでこれだけは守るようにと言われたという程度のことで、その理由まではきちんと引き継がれていなかったのだ。


︎︎生徒からの質問もあったし、誰かにもう一度話を聞いてみようか。そう思った天城は、階段を降りて職員室まで戻っていく。


︎︎まだまだ仕事は山積みだが、生徒の疑問を解消するのも教師の仕事だ。

︎︎職員室に戻った天城は、見回りを終了したことを印す印鑑を押して、誰に話しかけようかと周囲を伺った。

︎︎部活動を受け持っている先生を除いて、今いるのは天城を除けば四人だけだ。


︎︎そして、そのうちの一人だけまだ話を聞いていない人がいた。


「東雲先生、今少し宜しいでしょうか」

「はい、大丈夫ですよ。どうされましたか?」


︎︎彼は今年度からの赴任の為、まだきちんと話したことがなかったのだ。

︎︎他所から転勤してこられた先生であるなら聞いても無駄だと思ったが、彼は昔ここの生徒だったという話を又聞きだが聞いた事がある。


「実は、東雲先生がここの卒業生だと言う話を小耳に挟みまして…。聞きたいことがあるんです」

「え、なんでしょう?卒業したのも随分と昔のことなので僕に分かることなら良いんですが…」

「何故、この学校では部活動以外の生徒の下校が16時半までなのか…。東雲先生が理由をご存知であるなら教えて頂きたいです」


︎︎天城がそう聞くと、東雲は驚いたように目を見開いた。


「天城先生は、何もご存知ではないのですか?」

「伝統だから、としか…。周りも理由は知らないみたいでしたし」

「はぁ、そうですか…。伝統、ね…」


︎︎東雲は何かを考えるように顎を撫で、「自分も本当の理由は知りません。恐らく、これが原因だろうなと言うのはあるんですが…、真実なのかは分かりません。ですが、理由といえばこれしか思い当たらなくて…」と歯切れ悪く答えた。


「これは僕の在学中の話です」


︎︎そう前置きした彼が話す内容によると、彼が在学中にもこの16時30分までに帰宅するルールはあったということ。

︎︎当時ですら誰もその理由は知らなかったこと。

︎︎そんな中、彼が三年生だった頃にクラスメイトが一人行方不明になったらしい。


「行方不明?この学校でですか?」

「えぇ。鏡が一つ無くなっていた以外、鞄も靴も全て学校内にあったのに、彼女は家出として処理され、三十年以上経った今も見つかっていません」

「警察は動かなかったんですか?学校から人ひとりが消えるなんて大問題じゃないですか!」

「当時の校長が権力で揉み消したんですよ。彼女は少し素行の悪い部分があり、両親とも折り合いが悪かったようです。まるで厄介払いでもするように、彼女の失踪は『家出』として処理されました」

「そんな…」

「調べるうちに、過去にもこの学校で『家出』として処理された生徒がいることが分かりました。関係があるか分かりませんが、これが生徒を16時半までに帰宅させる理由ではないかと僕は思っています」

「なるほど…。確かに、行方不明者が出ているのなら、早く帰宅を促すのには納得が行きます。けど、何故部活動は中止にしないのでしょうか…。中止にすれば、学校の運営に支障が出るから?」

「確かにそれも考えられますが、『家出』で処理された生徒は、どちらも部活動をしていない帰宅部の生徒で、居なくなった時には一人きりだったと考えられています。

つまり、16時30分から部活動が終わる19時までの間に一人になる生徒が攫われる為、その時間に一人で学校に残る事がないようにこのルールが出来たんじゃないでしょうか」

「けど、もしその可能性が正しくて生徒が攫われていた場合、学校内に不審者がいることになりますよね。その不審者は生徒が一人きりになることを知っていて、更に誰にも見つかることなく人ひとりを誘拐している事になります」

「もしそうなら、学校のセキュリティの見直しも必要ですし、何処で情報が漏れているのか確認する必要があります。この事件、どちらも警察の手が入っていないので、侵入者の形跡などを調べていないはずなので、可能性としては充分に有り得るんですよ」

「恐ろしいですね…。どちらも、表沙汰にしなかったことが私からしたら一番の恐怖ですよ」

「時代、というのもあったかもしれません。幸い、この学校で彼女以降に行方不明になった生徒は居ないようですが、今後いつ、『家出』と称される生徒が出るとも限りません。僕はこの事件を解決したい…。その為に教師としてここに戻って来れる日を待っていたんです」

「それってどういう…」


︎︎言葉を区切ったのは、17時を知らせるチャイムの音だった。


「天城先生も遅くまで残られずに早く帰った方がいいですよ。僕もまだ仕事が残っていますので」


︎︎東雲にそう言われて、天城も自分の机の上に残っている仕事を思い出した。


「すみません、長くお時間頂いてしまって」

「いえ、僕こそ憶測で物事を言い過ぎました。怖がらせてしまったのならすみません。お互い、今日は早く帰れるように頑張りましょう」

「えぇ、そうですね」


︎︎今から仕事を片付けたら帰るのは早くても19時過ぎになるだろう。

︎︎せっかく今日は担当の部活動が休みで顧問の仕事がなく書類仕事が捗る日だったというのに…。

︎︎聞いた情報をどのように佐藤に伝えるか考えながら、天城は目の前の仕事に取り掛かった。


︎︎この時既に四人の生徒が学校から姿を消していたが、今の天城には知る由もなかった。

【人物紹介】

天城

一年三組の担任。担当教科は国語。


東雲

一年一組の副担任。担当教科は理科。

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