慎重な参謀
【前回までのあらすじ】
勇者リナを喪った後、新たな勇者ユリウスが一行に加わった。
われわれは数百人からなる部隊に編入された。
ユリウスは作戦参謀を務めていた。
彼の行軍は整然としていた。
「まず斥候を出せ。一刻後に戻れ。遅れた者は切り捨てる」
「右翼弓隊は敵の左翼先鋒をけん制し、射を集中せよ」
「左翼は半里下げろ。敵は必ず回り込もうとする」
「前衛は半里進軍したら一度停止。追撃は命令があるまでするな」
ユリウスは地形を把握し、敵の布陣を読み、細かく指示を出す。
その指揮は慎重というより、もはや執念に近かった。
夜営の火のそばで、私は問うた。
「ずいぶん慎重だな。……遊兵が多いように見えるが?」
ユリウスは杯を置き、炎に照らされた目を細めて言った。
「そう見えるかもしれないな。だが、それはすべて想定内だ」
彼は焚き火の向こうの闇を見つめながら、低く続けた。
「わたしは何通りもの敵の戦術を読んでいる。
そのいくつかに対して、先に防御を置いておく――ただそれだけのことだ」
そして、低く続けた。
「若い頃、上位貴族の指揮の下で戦ったことがある。
あの上官は決して愚かではなかった。むしろ才覚はあった。
だが……慎重さが欠けていた。撤退の時機を一歩誤った。それだけで、友の多くは死んだ」
炎が揺れる。ユリウスの声は硬かった。
私は静かにユリウスの横顔を見た。
短く息を吐き、彼は杯を持ち直した。
「だから私は学んだ。指揮官は臆病なほど慎重でなければならない。
計算外は必ず起こる。だから必ずもう一手用意する」
慎重さは、彼なりの優しさだった。
無駄な死を憎むがゆえの、強迫のような理性。
私はその背中を見て、否定はできなかった。
むしろ頼もしささえ覚えた。
やがて、我々は国境砦に召集された。
魔王軍が押し寄せ、王国軍の兵と共に防衛線を築く。
城壁の上、指揮を執るユリウスの声は明瞭だった。
「わたしの指示に従え、そうすれば負けることはない」
敵の数、配置、射程。
すべてを計算に落とし込み、兵に伝える。
その姿は冷たいが頼もしい。
私もその横で、結界の布石を刻み続けた。
戦いは激烈だった。
火矢が空を覆い、魔法が城壁を揺らす。
だがユリウスの計算は正確で、こちらは最小の被害で凌ぎ続けた。
「慎重さが勝利を導く」――彼はそう言い切った。
その横顔は揺るぎなかった。
……けれど、その揺るぎなさが、いずれ彼自身を縛ることになるとは、
そのときの私はまだ知らなかった。
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次回は 10/25の朝8時ごろ を目安に投稿する予定です。よろしくお願いします。




