最初の別れ
【前回までのあらすじ】
勇者リナを中心に、仲間たちがそろい、戦いを重ねて成長していった。
何度目の遠征だったか。
私たちは連戦連勝だった。
ガルドの大剣が魔物をまとめて薙ぎ倒し、地を震わせた。
リディアの祈りが光を落とし、傷ついた兵を立たせる。
カインの短剣が影から敵の喉を裂き、退路を塞いでいた魔物が崩れ落ちた。
魔物たちは傷つき、散り散りに退こうとしていた。
「今だ! 一気に押し切る!」
リナが剣を振りかざし、駆け出す。
「待て、リナ!」
私は声を張り上げた。
勝ちに酔ったその背に、嫌な気配がまとわりついていた。
だが歓声と怒号にかき消され、誰も立ち止まらない。
ガルドもリディアもカインも、勝機を逃すまいと追撃に動いた。
そして――茂みの影から槍が放たれた。
「……あれ?」
リナの胸を貫いた槍の穂先が赤く染まり、彼女は驚いた顔のまま膝から崩れた。
私は結界を展開しようとしたが、声が届かなかった瞬間が焼きついて離れなかった。
止められたはずなのに。
止められなかった。
「……アレン、わた……こ……」
彼女はかすかに笑い、言葉の途中でほどけ、息が止まった。
勇者リナは死んだ。
あまりにもあっけなく。――え、と思うほど簡単に。
戦いの後、私たちは彼女の亡骸を王都へ送り届けた。
待っていたのは涙だけではない。
リナの家族――幼いころから私を知る人々が、私に詰め寄った。
「子どものころから一緒だったのに。
あの子の無鉄砲は知っていたでしょ。
それなのに、アレンなら止められたでしょ、傍にいたんでしょ!」
リナの母が叫ぶ。
その言葉に、胸がえぐられた。
あの瞬間――声を張ったのに届かなかった。
私は引きこもりがちで、人とうまく話せず、言葉を見つけるのも遅い。
だからこそ、彼女を止めるべき言葉を叫べなかった。
自分が嫌でたまらなかった。
リナの父がそっと妻の肩を抱いて一緒に涙ぐむ。
私はただ立ち尽くし、言葉を探そうとしても、何も言えなかった。
その夜、私が沈んでいると、仲間たちが声をかけてきた。
「お前がいたから、リナは最後まで立っていられた」
ガルドが不器用に言った。
「あの子はきっと感謝してる。私にはそう思える」
リディアが静かに告げる。
「アレンが盾じゃなきゃ、俺たち全員あそこで終わってた」
カインはいつになく真面目な顔で言った。
私は黙ったまま頷いた。
言葉はやはり見つからなかったが、胸の奥に灯が残った。
葬儀は領主の手によって執り行われた。
多くの兵と市民が参列し、殉職した勇者の名が称えられたという。
その後、王国は戦で命を落とした勇者たちをしのび、
王都に「殉勇の碑」を建立した。
その石碑の一角に――リナの名も刻まれた。
――無鉄砲さは死を呼ぶ。翼は落ちる。結界は万能ではない。
勇者の隣に立つなら、もっと慎重でなければならない。
誰かが冷徹に「引く」と言わなければならない。
私は、そういう役を引き受けるしかないのだ。
夕陽が森の端を赤く染め、街道の砂埃だけが風に舞った。
光はもうそこにない。
影だけが長く伸びて、彼女が立った場所、傍らの地面に残った。
お読みいただきありがとうございました。
次回は 10/18の朝8時ごろ を目安に投稿する予定です。よろしくお願いします。




