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名もなき盾  作者: 安楽公の罠
第1章 勇者リナ編
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勇者に選ばれた幼馴染

勇者に選ばれた幼馴染


 この大陸では、魔王軍は天災の名ではない。ひとつの「王国」の名だ。


 北の黒原に古くから存在した魔族の国ダスクレアは、長らく人間諸国にとって辺境の隣人にすぎなかった。

だが現魔王が即位してから状況は変わった。彼は軍制を改革し、魔導工房を整備し、属領をまとめ上げた。

瞬く間に国力は倍し、交易路は押さえられ、周辺諸国は圧迫されるようになった。


 今の王が有能すぎる――それが人間諸国にとっての最大の脅威だった。



 正面からの全面戦争を仕掛ければ被害は甚大となる。

そこで有力国が選んだのは「討伐」の名を借りた暗殺作戦だった。


政治的な体裁を繕うため、物語の仮面を被せる――勇者による魔王討伐、という英雄譚。


 ゆえに勇者は一人ではない。各国がそれぞれ「勇者の一行」を複数編成し、別々の正面から北へ差し向けた。

誰か一組が辿り着けば目的は果たせる。辿り着かなかった名は、歌にも記録にも残らない。



 アルディナ王都南門の訓練場は、夏の陽に白く灼けていた。


木剣の打ち合う乾いた音、兵士の喉を裂くような号令、汗と油の匂い。

私はその端で、薬草の束を抱え、簡易結界の儀式具を布で拭いていた。



戦闘中のけがをふせぐため結界をはるということが、この世界では当たり前に行われていた。


ただし、それには魔力だけでなく、結界展開に必要な素材の知識も欠かせない。

また、結界は広く長時間張れるものではなく、状況を見極める判断力と、それを維持するための魔力の訓練が必要とされた。


こうして生まれたのが「結界士」と呼ばれる職業である。



結界士は普段、結界展開用の素材の準備と展開の訓練に明け暮れている。

だが、いざ戦場に立てば、敵の攻撃が最も集中する場所を見極め、そこに結界を張って前衛を守る。

あるいは後衛を遠距離攻撃から守ることもある。


上位の結界士ともなれば、複数の結界を同時に展開し、長時間維持することすら可能だという。



 魔術学院の派遣として兵の基礎訓練に付与魔法を提供する――それが今日の私の仕事だ。


足腰を軽くすれば転倒が減り、五感強化で反応がわずかに上がる。

目立ちはしないが、こういう積み重ねが死者を一人減らす。



「アレン!」


 名を呼ぶ声に顔を上げる。

栗色のポニーテールが陽光を弾き、少女が手を振っていた。

肩に木剣、額には汗、笑顔は大きな太陽。


リナ――勇者に選ばれたばかりの幼なじみだった。



「今日、正式に魔王討伐の一行が編成されるんだって!」

「知ってる。王都じゅうが噂してる」

「だからね、アレン。やっぱり君に来てほしい」


胸の奥がひとつ跳ねた。

私は攻撃が得意ではない。

ただ結界を展開し、仲間を守るくらいだ。


けれど彼女は言った。


「私は突っ走っちゃうから。君みたいな人が必要なの。君の結界があると、私、怖くなくなるんだ」


その笑顔は眩しすぎた。


私は視線を逸らし、「……検討する」とだけ答えた。

彼女は「明日の朝、南門集合ね!」と笑い、走り去っていった。


――無鉄砲だ。だが、無鉄砲な人間にしか動かせないものがある。

私はその背を見送りながら思った。



彼女との縁は、幼いころからだ。


私の父は教会事務をしていて、私はよくその仕事場の隅で本を読んでいた。

魔術書など難しいものは理解できない年齢だったが、紙に刻まれた知識の積み重ねに心を惹かれた。


気づけば魔法というものに自然と興味を持つようになっていた。


リナと私は同じ村の出身で、村から少し離れた教会に通っていた。

教会は複数の村に一つしかなく、子どもたちにとっては社交の場でもあった。


リナはときどき私の隣に座り、私が読んでいる本の中身を尋ねることもあった。

けれど理解できず、首をかしげてはすぐに外に飛び出し、他の子どもたちと遊んでしまう。


それでも、往復はかならず私と一緒だった。


夕暮れに並んで歩くその沈みゆく太陽を追い越すような横顔を、今でも鮮明に覚えている。



 小さいころ、私は同世代の男の子たちにからかわれていた。

ひょろっとして、走るのも遅く、棒切れを振っても空を切るばかり。


泣きそうになっていた私の前に、リナが立ちはだかった。


「アレンは弱くなんかない! 私が守る!」

小さな体で拳を握り、真っ直ぐにそう言った彼女の背中を、私は今も忘れられない。



 十一の頃。教会学校の高学年になり、私はようやくすこしだが結界を張れるようになっていた。


リナのたっての要望で森へ大好きなはちみつを採りに行ったとき、はちがたの魔物に囲まれた。

わたしたちのまわりを威嚇しながらぶんぶん飛び回った。


私は咄嗟に結界を展開し、リナを守った。


リナは結界に守られながらハチの巣に進み、無事はちみつをとることができた。


「アレンのおかげだよ!」


息をはずませながらも、彼女は笑ってそう言った。

その瞳には尊敬と感謝の念がやどっていた。


幼いころから私は彼女にとって、突き進むために必要な「盾」だったのだろう。


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