死兵の突撃
【前回までのあらすじ】
勇者リナを喪った後、新たな勇者ユリウスが一行に加わった。
ユリウスの慎重な指揮のもと、一行は国境砦の防衛戦に臨んでいた。
やがて、我々は国境砦に召集された。
魔王軍が押し寄せ、王国軍の兵と共に防衛線を築く。
城壁の上、指揮を執るユリウスの声は明瞭だった。
「左翼、いったん後退し1刻だけ持ちこたえよ」
「右翼、右に展開し敵の後方をつけ」
「わたしの指示に従え、そうすれば負けることはない」
敵の数、配置、射程。すべてを計算に落とし込み、兵に伝える。
その姿は冷たいが頼もしい。
私もその横で、結界の布石を刻み続けた。
戦いは激烈だった。火矢が空を覆い、魔法が城壁を揺らす。
だがユリウスの計算は正確で、こちらは最小の被害で凌ぎ続けた。
「慎重さが勝利を導く」
――彼はそう言い切った。その横顔は揺るぎなかった。
わが軍が勝利に傾きかけたその時、ユリウスの罠にはまった敵兵の一部が進退窮まり、窮鼠と化した。
計算にはない兆候だった。
敵兵の目は血走り、退路を顧みぬ様子を私は見ていた。
まるで自らを捨て、砦を守る将と共に心中しようとしているかのように。
「……いかん」
息を呑んだが、声にはならなかった。
次の瞬間、敵兵は自らの命を投げ出し、本陣めがけて背後から突撃を仕掛けた。
死兵の群れ。その多くは倒れたが、一部のつわものは司令部にたどり着いた。
ユリウスの計算を超える執念。
その叫びが胸をかすめた瞬間、槍が彼の胸を貫いた。
鮮血が石畳を濡らし、彼は崩れ落ちる。
「ユリウス!」
ガルドとカインが周囲の敵兵をなぎ倒し、リディアが急いで癒しの光を注ぐ。
私は結界を張り直し、彼を必死に守った。
だが――間に合わなかった。
ユリウスはうっすらと笑みを浮かべ、最後の言葉を残した。
「これでは……あの指揮官と同じではないか……一手……たりなか……」
その目は、悔恨と共にどこか安らかでもあった。
戦はなんとか勝利に終わった。砦は守られ、多くの兵が生き延びた。
だが――勇者ユリウスの姿は、そこにはなかった。
王国は彼の功績を讃え、その冷静な采配は「救国の戦略家」として広く喧伝された。
まるで敗戦の傷跡を覆い隠すかのように、英雄の名が飾り立てられていった。
私は悔いた。兆候に気づいていたのに、止めることができなかった。
常に慎重だった彼が、最後に「一手足りず」に倒れた。
――どんな計算も、どこかに欠けがある。
だから、もう一手を考え続ける。
そう胸に刻んだ。
お読みいただきありがとうございました。
次回は 10/27の朝8時ごろ を目安に投稿する予定です。よろしくお願いします。




