8話 靴屋に潜む不協和音
夜の町は、霧に包まれ、静まり返っている――はずだった。
だが有栖の靴屋には、微かな違和感がじわじわと広がっていた。
扉を開けると、外の霧と静寂が店内にまで侵入し、微かな冷気と共に不協和音のような空気が漂う。
倉庫で整理した靴の山。マダガスカルの革、過去の注文の刻印、色や縫い目……
一つ一つが微妙に重なり合い、町の住人の行動と呼応していることに有栖は気づいた。
「……これは、まだ序章に過ぎない」
指先で靴底の刻印をなぞると、じわじわと意味が浮かび上がる。
ある靴の縫い目は、町の古い路地の形と一致する。
別の靴の紐の結び方は、過去に起きた小さな不審死の時系列を示している。
その瞬間、店の奥で微かな音がした。
誰かが、静かに足を踏み入れている。
振り返っても人影はない――しかし靴の擦れる音は確かに存在する。
「……まだ、犯人は姿を現さない」
じわじわと、町全体を巻き込んだ不穏が、読者の背筋に静かに迫る。
夜霧の中、町の灯りが揺れる。
靴屋の小さな光だけが、暗闇の中でじわじわと存在感を放つ。
そして有栖の目には、町全体に散らばる影の輪郭が、微かにだが確かに見え始めていた。