5話 犯人の影と靴の暗号
霧が町を包む夜、有栖の靴屋には静寂とわずかな緊張が漂っていた。
作業台の上には、昨日発見した靴の山。底の刻印、微妙な縫い目、革のしわ――
それぞれが、町のどこかで何かを語っているようだった。
「靴底のこの刻印……過去の注文と繋がっている」
有栖は小さなノートに書き込みながら、深く息を吸う。
数年前、祖父が残した記録と同じパターンが、今目の前に現れているのだ。
誰かが、町全体の秘密を靴で追跡するかのように。
森田刑事が店に駆け込む。
「有栖さん……倉庫で新しい足跡が見つかりました。複数です。しかも、微妙に形が違う……」
その瞬間、有栖は背筋にぞくりとした寒気を感じた。
犯人は一人ではないのかもしれない――いや、表向きの人物と黒幕が別なのかもしれない。
その夜、有栖は町を歩く。足元の靴の形、歩幅、踏みしめる音……
一見無関係な人物の靴底に、昨日見た暗号の痕跡が残されていた。
「……これは、犯人からの挑戦状」
じわじわと、町全体が一つの巨大な謎の舞台になっている感覚が広がる。
有栖は靴に仕込まれた暗号を解読し始める。
色の配列、紐の結び方、底の刻印――
それは、町の古い倉庫、過去の事件現場、そして今も潜む黒幕の居場所を示す多層的な地図だった。
「……なるほど、犯人は私を試している」
しかしそれは、表向きの犯人が動く影に過ぎず、真の黒幕はさらに別の場所にいることを示していた。
そして、静まり返った靴屋の奥から、微かな足音が聞こえる。
振り返ると誰もいない。
だが革の香りと靴底の微妙な擦れが、じわじわと空気を震わせる――
町全体を覆う影、靴に隠された秘密、犯人の二重構造。
すべてが絡み合い、有栖の観察眼を試す静かな戦いが、じわじわとクライマックスに近づいていた。