3話 街に潜む影
町の通りは、今日も穏やかな空気に包まれている――はずだった。
しかし、有栖の目には、いつもと少し違う風景が映る。
歩く人々の靴底、歩幅、踏みしめる音……
小さな違和感が、まるでひそやかな影のように町を覆っている。
昼下がり、常連の主婦・小林美和が店にやってきた。
「最近、夜に路地を歩くと変な音がするんです……」
何気ない言葉に、町のあちこちで誰かが見ているような、じわじわとした不安が混じる。
有栖は黙って、美和の靴を手に取り、底を確認する。
「……あなたの靴、昨日より土が少し変です。路地の角、どこかに跡がありますね」
美和はぎょっとした顔をしたが、何も言えずに頷く。
午後、松井隼人という教師も訪れる。
彼は表面上は穏やかだが、話の節々で微かな嘘が混じる。
「……この辺り、最近は平穏ですよね」
しかし靴底の小さな擦り傷から、夜間にある場所へ行った痕跡が読み取れた。
有栖はそれを指摘しようとするが、言葉にする前に、森田刑事から電話が入る。
「有栖さん、追加の事件です。町外れの倉庫で不審な足跡が見つかりました」
電話越しに聞こえる森田の声も、どこか緊張している。
じわじわと、町全体が何かに覆われているような感覚――
有栖は背筋にぞくりとした冷たさを覚えた。
その夜、店の扉を閉めると、窓の外で誰かがじっと靴屋を見つめている気配がした。
影は動かず、しかし確かに存在している――
町の静けさの中に潜む影が、有栖の心にじわじわと迫ってくる。