2話 靴に残された手掛かり
翌朝、店の扉を開けると、昨日の違和感がまだ残っている。
有栖はゆっくりと作業台に向かい、昨日のメモを手に取った。
紙の上には、奇妙な線と数字が走るだけの、まるで暗号のようなスケッチ。
「これは……普通の注文じゃない」
指先でなぞると、革のシワや釘の打ち方、底の曲がり方にまで意味があるように感じられた。
まるで、誰かが何かを伝えようとしているかのように。
その時、店の奥の古い日記棚から、一冊の革装のノートが目に入った。
祖父が残した、靴屋としての心得や過去の奇妙な注文の記録だ。
ページをめくると、過去に町で起きた不可解な出来事と、注文のデザインとの関係が細かく記されている。
「……やっぱり、靴は単なる靴じゃない」
有栖は胸の奥で、じわじわと鳥肌が立つのを感じた。
その日、町の人々が何気なく通り過ぎる。
しかし有栖の目には、誰もが何かを隠しているように見えた。
踏みしめる靴の音、擦れる革の匂い、微かな足跡――すべてが、事件の手がかりになり得る。
午後、刑事の森田が店を訪れる。
「有栖さん……昨日の件ですが、少し協力してもらえませんか?」
静かな店内に、刑事の真剣な声が響く。
有栖はうなずき、メモとノートを見比べる。
そして、底に残された小さな刻印に気づいた。
「……これ、靴底に隠されたメッセージです」
じわじわと、事件の輪郭が見え始める――。
足跡に残された暗号、町の人々の秘密、そして靴に刻まれた微細な痕跡。
すべてがひとつに絡み合い、有栖の観察眼を試すかのように、事件は静かに迫っていた。