12-1 影の正体
夜霧に包まれた町は、まるで息を潜めるように静まり返っていた。
有栖の靴屋も例外ではなく、店内の小さな光が、外の暗闇をじわじわと映し出す。
倉庫の靴の山――マダガスカルの革、古い注文票、縫い目の歪み、色の配列――
これらすべてが町の過去と現在、住人の行動を映す暗号として積み重なっていた。
有栖は一つ一つの靴底の刻印を指でなぞりながら、じわじわと全体像を浮かび上がらせる。
そのとき、微かな足音が店の奥から聞こえた。
振り返ると誰もいない。
しかし、靴の擦れる音は確かに存在する――
「……まだ、影は姿を見せない」
有栖は息を潜め、耳を澄ませる。
森田刑事が扉を開き、静かに入ってくる。
「有栖さん……倉庫の靴、誰かが触った形跡があります。町中を行き来している……」
二人の目の前で、影がじわじわと動き、町全体の空気に緊張を染み込ませる。
有栖は暗号の一部を解読し、過去の事件とのつながりに気づく。
「……影の正体は、単なる人物ではない。町全体を使った巧妙な計画……」
影は町中の住人をも巻き込み、じわじわと犯人の目的を遂げるように動いていた。
夜霧の路地、倉庫の奥、靴屋の奥――
全てが影に支配されるかのような緊張感。
読者にはまだ犯人の姿は見えず、しかし町全体がじわじわと恐怖に染まる。
有栖は深呼吸し、ノートに線を引きながら囁く。
「……これが、影の正体……そして全ての始まり……」
町の夜は静かだが、じわじわと迫る嵐の前触れのように、緊張感だけが残る――。