11話 静かなる嵐の前夜
町は霧に包まれ、街灯の光が濡れた路面にぼんやりと反射している。
有栖の靴屋も、夜の静けさの中で、微かな緊張をじわじわと吸い込んでいた。
これまでの謎――靴底の刻印、縫い目の歪み、色の微妙な配列、古い注文票、マダガスカルの革、町の住人たちの奇妙な行動――
すべてがここで、静かに絡み合い始めている。
有栖はノートを前に、深く息を吸った。
「……全ての線が、この夜に収束する」
指先で靴底の刻印をたどると、町の路地、倉庫、過去の事件現場の位置が立体的に浮かび上がる。
暗号は完全に解読されたわけではないが、最後の手がかりがそろった感覚があった。
森田刑事が静かに声をかける。
「有栖さん……町全体が、犯人の盤面になっています。これから何が起きてもおかしくない」
その瞬間、店の奥で微かな足音。
振り返ると誰もいない。だが靴の擦れる音は確かに存在する――
犯人はまだ姿を現さず、町全体の空気にじわじわと緊張を染み込ませていた。
有栖は深呼吸を繰り返し、暗号を最終確認する。
過去の事件、町の住人の秘密、遠くマダガスカルの革……
すべてが絡み合い、巨大な迷宮が夜の町に浮かび上がる。
夜霧の向こう、影は静かにうごめき、町全体を見下ろしているようだ。
「……嵐の前夜だ」
じわじわと読者の背筋に冷たい緊張感を残しつつ、
全ての伏線は、いよいよ最終章で解き明かされる準備を整えた――。