9話 影の迷宮
夜霧が町を包み、街灯の光はぼんやりと揺れる。
有栖の靴屋の扉を開けると、店内の静寂はさらに重く、空気そのものが張りつめていた。
倉庫に積まれた靴の山は、単なる靴の集合ではなく、町の過去と現在、住人たちの行動と秘密を映す鏡のようだ。
マダガスカルの革、古い注文票、縫い目の歪み、色の微妙な配列……
すべてが一つの暗号として、じわじわと意味を帯び始める。
有栖はメモを広げ、指先で靴底の刻印をなぞりながら、町の路地図と照合する。
「……町全体が、犯人の盤面になっている」
過去の不審死や小さな事故も、靴のデザインに呼応して浮かび上がる。
読者にはまだ見えない、犯人の意図がじわじわと広がっている。
森田刑事も店に駆け込む。
「有栖さん……倉庫の靴、さらに奇妙な足跡が見つかりました。町中を巡る複雑なパターンです」
その言葉に、有栖の心はさらにざわめく。
「……まだ、全ての線はつながっていない」
店の奥から微かな足音。
振り返っても誰もいない。
しかし、靴底の擦れる音は確かに存在する――
町全体に散らばる影と靴の迷宮は、じわじわと読者の背筋を冷たくする。
有栖は深呼吸し、ノートに線を引く。
暗号、過去の事件、住人の秘密、遠くマダガスカルの革……
すべてが一つの巨大な迷宮を形作り、犯人の影はまだどこかに潜んでいる。
じわじわと、町全体が靴と影の迷宮に沈み、読者の想像力も迷宮に迷い込む――
ここから全てが収束する最終章へと、静かに、しかし確実に歩みを進めている。