第6話 思わぬ再会
旅を始めて間もないある朝、ロイとセリナの前に現れたのは、一人の若い冒険者。
彼は十年前にロイに命を救われた少年だった。
思わぬ再会が、旅路に温かな縁をもたらす。
翌朝。
まだ薄い朝霧が街道の上に漂い、地面は夜露でしっとりと濡れていた。
冷たい風が草原を渡り、商隊の馬のたてがみを揺らす。人の声と荷車の軋む音が、静かな朝を少しずつ賑やかに変えていく。
荷馬車には織物、保存食、香辛料、雑貨などが山と積まれ、護衛の冒険者たちが点呼を取り合っていた。縄を締め直す音、馬の鼻息、火を落とした焚き火の残り香――すべてが旅の一日を告げる合図のようだった。
◆
ロイとセリナも荷物を整え、少し早めに馬車の列の脇に立っていた。
セリナは赤いマントを揺らし、清々しい朝の空気を胸いっぱいに吸い込む。
「旦那様、今日も良い天気ですね」
「そうだな。こうして旅立つ朝は、やっぱり胸がすうっとする」
ロイは年甲斐もなく、まるで少年のように胸を張った。
その様子にセリナは小さく笑い、彼の横顔を愛おしげに見つめる。
だが、そのひとときを破るように、背後から声が飛んできた。
「もしかして……ロイさん、ですか?」
振り返ると、一人の若い冒険者が立っていた。
革鎧に身を包み、腰には使い込まれた剣。年の頃は二十歳前後だろう。
彼はまっすぐにロイを見つめ、少し緊張した面持ちで言葉を続けた。
「やっぱり! 覚えておられませんか? もう十年以上も前のことになります。僕が街道で倒れていた時、助けていただいたんです!」
◆
ロイは一瞬考え込み、それから「ああ」と声を漏らした。
「そうか……あの時の……ええと、名前は……」
「エドです! エド・ハルバート!」
青年は嬉しそうに名乗り、胸を張った。
「エドか。懐かしいな。あの村の子だったな」
「はい! あの時は魔物に襲われて、助けを呼ぶ途中で倒れて……もう駄目だと思ったんです。でも、通りがかった商隊の中にロイさんがいて。命を救ってもらいました」
その言葉に、ロイの記憶が鮮明によみがえる。
確かに、まだ若い頃。街道を行く途中で、血まみれで倒れていた少年を抱き上げた。必死で薬を飲ませ、村に送り届けた。
あれから十年――その少年が、今ここに立っている。
◆
セリナは目を丸くしてロイを見つめた。
「旦那様、そんなことがあったんですか?」
「いやいや、大したことじゃないさ。偶然通りかかっただけだ。助けられる命なら助けたいと思っただけだ」
ロイは照れくさそうに笑うが、エドは首を振った。
「僕にとっては、大したことなんです。あの日助けてもらわなければ、今の僕はいません。だから冒険者になって、こうしてまたロイさんと同じ旅路に立てるなんて……夢みたいです」
その真剣な目を見て、セリナは胸が温かくなるのを感じた。
「旦那様……素敵です」
「いや、だから大げさだって」
ロイは頭をかきながらも、内心少し誇らしかった。
◆
エドは続ける。
「村もあの後、なんとか立ち直りました。僕も鍛錬を積んで、今では小さなパーティを率いるまでになれました。今日からの護衛依頼も、その一環なんです」
「そうか……立派になったな」
ロイの声には、ただの賛辞ではなく、心の底からの感慨がこもっていた。
セリナは微笑みながら、その横顔を見つめる。
「旦那様が救った命が、こうしてまた巡り合って……。私も一緒に旅をしていて誇らしいです」
ロイは言葉に詰まり、ただ「はは……」と苦笑するしかなかった。
だが胸の奥には、確かな温もりが広がっていた。
◆
周囲の冒険者たちも二人のやり取りを耳にしていたようで、興味深げに囁き合う。
「へえ、ロイさんってそんな過去があったのか」
「人助けは巡り巡って返ってくるもんだな」
ロイはそんな声を聞きながら、ふと空を見上げた。
朝霧の中に射し込む光が、白髪を柔らかく照らす。
「世の中、縁というのは面白いものだな」
ぽつりと呟いたその言葉は、静かにセリナの胸にも響いた。
「ええ。きっと、これからも素敵な縁が増えていきますよ」
セリナが柔らかく笑い、ロイに寄り添う。
やがて御者が「出発だ!」と声を張り上げ、列が動き出す。
エドは「また後で」と軽く手を振り、自分の仲間のもとへ戻っていった。
ロイとセリナは馬車に乗り込みながら、心の中で思った。
――新しい旅路に、また一つ楽しみが増えた。
人助けが巡り巡って再び出会いを呼ぶ――それは偶然ではなく必然なのかもしれない。
ロイが積み重ねてきた日々の中で生まれた縁は、これからの旅をより豊かなものにしていく。
次に待つ出会いは、果たしてどんな形をしているのだろうか。




