第四話 初めての旅路、商隊と共に
王都を出て数日。ロイとセリナはダリオ商会の商隊に同行し、東へと歩みを進めていた。
これまで商人として生きてきたロイよりも、孤児院で育ったセリナにとっては、外の世界を旅するのは初めての経験。
見知らぬ村、野営の夜、そして仲間たちの笑い声――。
それぞれが胸に抱いた期待と不安を、焚き火の炎が照らしていた。
朝焼けの光が王都の石畳を赤く染める。
高い城壁の東門前には、すでに数十頭の馬と十数台の荷車が整然と並んでいる。荷台には織物、保存食、香辛料、金属材――各地の市場を渡り歩く商人たちの宝が積み込まれ、冷たい朝の空気に混じって香ばしい匂いや獣の気配が漂っていた。
「これが……ダリオ商会の商隊か」
ロイは思わず感嘆の声を漏らした。
重厚な荷車に、護衛の剣士や弓兵、魔法使いまで揃っている。見慣れた王都の市場とは違う、旅の緊張感と期待が一体となった光景だった。
その横に立つセリナもまた、少し緊張した面持ちで周囲を見回していた。普段は看板娘として街中に笑顔を振りまく彼女だが、今日ばかりは冒険者のように凛とした姿に見える。
◆
「ロイ、本当に来るとはな」
がっしりとした体格のダリオが、にやりと笑う。
「しばらく厄介になる。よろしく頼む」
「任せとけ。こっちも人手が欲しかったんだ。古くからの仲間を見捨てたりはしねぇよ。だが……」
ダリオはちらりとセリナを見た。
「娘を連れていくとは思わなかったな」
「娘じゃないですよ!」
セリナは顔を真っ赤にして慌てて否定した。
ロイは苦笑しつつ肩をすくめる。
「ま、そういうことだ。気にするな」
「ははっ、まぁいい。にぎやかな方が退屈しなくて済む」
そんなやりとりに、緊張していたセリナの肩も少しほぐれた。
門前には見送りの人々が集まっていた。
息子のアランが険しい顔をして歩み寄る。
「父上……無茶はなさらないでください」
「……ああ」
「旅がしたい気持ちはわかります。でも、どうか……生きて帰ってきてください」
その言葉は祈りに近かった。
ロイは少し目を細め、静かに微笑んだ。
「お前が店を立派に切り盛りしているからこそ、私は外の世界を見に行ける。誇りに思っているよ、アラン」
「……っ」
アランは唇をかみ、目を潤ませながら深く頭を下げた。「必ず、無事に……」
その姿を見て、セリナの胸も熱くなる。
(アラン様……本当に、ロイ様のことを心配してるんだ)
◆
従業員たちも駆け寄ってきた。
「いってらっしゃいませ!」
「ご武運を!」
「戻ってきたら、旅の話を聞かせてくださいね!」
その声のひとつひとつが背中を押し、ロイは胸が詰まるのを感じた。
この街で過ごした年月は無駄ではなかった。
多くの人に支えられ、今こうして旅立てるのだ。
「ありがとう……必ず、戻るさ」
短く答え、ロイは馬車へと向かった。
セリナも凛とした姿で馬車に乗り込む。
その横顔は、いつもの天真爛漫な笑顔ではなく、誇りと決意を秘めた大人の顔だった。
ロイも隣に腰を下ろし、ふと彼女の横顔を盗み見る。
「……お前、本当に強くなったな」
「え?」
「初めて会った頃は、あんなに泣き虫だったのにな」
「だ、旦那様っ! 今ここで言わなくてもいいでしょう!」
耳まで真っ赤にしたセリナに、ロイは笑いを噛み殺した。
やがてダリオが声を張り上げる。
「よし、出発だ! 目指すは東の街、グランツェルを経て、その先の諸国へ!」
馬の嘶きと共に、荷車が軋む音を立てて動き出す。
見送りの人々が手を振り、子どもたちが駆け寄りながら「また来てね!」と叫ぶ。
ロイは振り返り、街を見つめた。
そこには懐かしい家々、共に過ごした仲間たち、そして大切な息子の姿。
「さて……どんな旅になるのやら」
声に応じるように、セリナが隣で微笑む。
「きっと素敵な旅になりますよ。旦那様と一緒ですから」
「……その呼び方はまだ慣れんがな」
ロイは少し照れたように肩をすくめ、馬車の振動に身を任せた。
「でも、悪くはない」
馬車の振動に身を任せながら、二人の新たな旅路がゆっくりと幕を開けた。
大きな危険もなく、最初の数日は順調に過ぎていった。
それでもロイとセリナの胸には「ここから先に何が待ち受けるのか」という緊張が常にあった。
だが同時に、彼らは確かに実感していた。
――二人でなら、どんな道も歩んでいける、と。