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第三話 旅立ち前夜、交わされる約束

商隊に同行して旅立つことが決まり、王都を去る準備を進めるロイとセリナ。

店の関係者や近所の人々に挨拶をして回る中、二人は孤児院の管理者と出会う。

これまで数多くの子どもたちを育て送り出してきた彼の言葉は、ロイとセリナに新しい旅の意味を教えてくれるものだった。

 翌日。

 ロイとセリナは旅支度に追われていた。

 荷物といっても大きなものは持っていけない。背負い袋と腰のポーチ、それに護身用の短剣。道中で必要になる水袋や保存食を丁寧に詰め込み、不要な物はきっぱり置いていく。


「……こうして荷物をまとめていると、本当に出ていくんだなって実感しますね」

 セリナは手にした小さな包みを胸に抱きしめた。中には、彼女が幼い頃から大切にしてきたリボンが入っている。

「ここまで大きな旅は初めてです。でも、不思議と怖くはありません」

「そりゃあ、俺と一緒だからだろ?」

 ロイが軽口を叩くと、セリナの耳まで赤くなった。

「……からかわないでください。真面目に言ったのに」


 二人は顔を見合わせ、思わず笑った。

 そんな何気ない時間ですら、もう懐かしさを帯びて胸に刻まれていく。



 城下町の石畳を歩くロイとセリナの姿は、少し名残惜しさを漂わせていた。

二人は明日の旅立ちを控え、商人仲間や近所の人々に別れの挨拶をして回っていた。


「おや、ロイさんじゃないか。旅に出るって本当か?」

「ああ、ちょっと長めの見聞に出てな」

「そうか……気をつけるんだぞ。あんたがいなくなると寂しくなる」


「ロイさん、本当に行ってしまうのかい?」

「ええ。長いこと世話になりました。息子も立派にやっていますし、私は……少し世界を見てきますよ」


そう言って笑うロイの横で、セリナが深々と頭を下げる。商人仲間たちは少し驚いたように彼女を見つめるが、すぐに「ロイさんの後継者か」と納得したように頷いた。


近所の子どもたちは「セリナ姉ちゃん、帰ってきたらまた遊んでね!」と声をかける。セリナは微笑んで「ええ、約束よ」と返すが、胸の奥は旅への不安と期待で揺れていた。

 

古くからの客や取引先の商人も、口々に労いと別れの言葉をかけてくれた。

 そのたびに、ロイの胸の奥が熱くなる。

 自分はただの商人だった。だが、王都での年月が確かに人との縁を紡いでいたのだ。



 やがて二人は、石畳の裏通りに佇む小さな建物の前で足を止めた。

 孤児院――。

 王都の片隅で、多くの孤児を育ててきた場所だ。


 扉を開けると、笑い声と子どもたちの賑やかな声が溢れてくる。

 奥から現れたのは、孤児院の管理者にして院長の マルセル だった。四十代半ば、優しげな顔立ちに温厚な声を持つ男だ。


「ロイ殿、セリナ殿。旅立つと聞きまして……」

「はい、明日の朝、商隊に同行します」

「そうですか……。これまで何度もご支援いただき、本当にありがとうございました」

 マリウスは深々と頭を下げた。

 

ロイは慌てて手を振った。

「いやいや、余裕がある時に、ほんの少し手を貸しただけだ」


「いいえ。あの時いただいた資金がなければ、この孤児院は立ち行きませんでした。ここで育った子どもたちの多くが、今も各地で働き、生きています。もしかしたら旅先で出会うこともあるでしょう。その時は……どうか声をかけてやってください。


神父の視線の先で、庭では小さな子どもたちが遊んでいた。ロイは少し目を細める。

「彼らも成長したら、いずれ世界へ羽ばたいていくでしょう。」


ロイが頷くと、セリナが一歩前へ出て深々とお辞儀をする。

「私も、子どもたちのことを忘れません。どこかで会えたら、必ず声をかけます」


マルセル神父は優しく笑い、「どうかお二人ともご無事で」と祝福を告げ、孤児院へと戻っていった。


夕暮れ時。宿に戻った二人は、翌日の旅支度を整えていた。

「さて……明日か。出発するのは」

ロイがぽつりと呟くと、セリナは真剣な眼差しで彼を見つめた。


「はい。これから、いろいろとよろしくお願いします」

「こちらこそ、頼りにしているよ」


その言葉に、セリナは少し頬を赤らめる。

「……旦那様と一緒に旅に出られるなんて、幸せです」


一瞬、場の空気が止まったように感じた。ロイは思わず咳払いをし、視線をそらす。

「だ、旦那様はやめてくれ。私はただの初老の商人だ」


「でも……私にとっては、守ってくれるご主人様ですから」

「なら、俺も頑張らないとな」


「はい。私も……ロイ様を支えます」

セリナの声は小さく、けれど揺るぎなかった。


 二人の間に流れる空気は、暖炉の火よりも温かく、明日の旅立ちへの不安を少しずつ溶かしていった。

その夜、二人は静かに食事を済ませ、翌日の旅立ちに胸を高鳴らせながら眠りについた。

孤児院の子どもたちに手を振られ、街の仲間に見送られながら、二人は「旅立ち」の現実を少しずつ実感していく。

明日になれば、もうこの街の住人ではなく、旅人になるのだ。

胸に期待と不安を抱きながらも――セリナは頬を赤らめ、ロイは静かにうなずいた。

二人の旅路は、確かに動き出そうとしていた。

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