第二話 便乗の策
王都での日々に区切りをつけ、ロイとセリナは旅立ちの道を模索していた。
しかし二人きりの旅は無謀――息子アランの言葉が現実味を帯び、彼らの胸を重くする。
そんな中、古い友人である商人ダリオとの再会が、新たな選択肢をもたらした。
商隊に便乗できるという提案は、二人の未来を大きく動かすことになる。
ロイは暖炉の前で腕を組み、ため息をついていた。
「……どうしたもんかなぁ」
年齢的にも、立場的にも、ふらりと二人きりで旅に出るのは無謀だとわかっている。だが、このまま王都に縛られて朽ちていくのは、どうしても嫌だった。
パチパチと薪がはぜる音が、妙に胸に響く。
旅立ちたい気持ちは、何度自分に問い直しても揺るがなかった。
けれど、息子アランの「商隊じゃなきゃ駄目だ」という一言が、まるで鎖のように心を縛りつけている。
年齢も立場もある。若い頃のように二人きりでふらりと旅に出れば、それは無謀にしか見えないだろう。
しかし、このまま王都に縛られ、時間に押し流されて朽ちていく未来を想像すると、どうしても耐えられなかった。
◆
「ロイ様、そんな顔してても、解決しませんよ」
声をかけてきたのはセリナだった。看板娘として忙しく働くはずの彼女が、手を止めてまっすぐロイを見つめている。
「どうせアラン様のことを考えてたんでしょ?」
「……まあな。あいつの言うことは正しい。だが、俺はどうしても――」
ロイが言葉を探していると、セリナは軽く笑みを浮かべて言った。
「一人じゃ無理。でも、商隊に紛れてならいいんでしょう?」
セリナの言葉にロイは目を丸くした。
「お前……それを思いついていたのか?」
「ええ。私たち二人だけで旅なんて、心配させるに決まってます。でも商隊の護衛や荷馬車に便乗すれば、“見送り”になるだけです。アラン様も反対しにくいはず」
ロイは思わず吹き出した。
「……参ったな。俺より先に先を読んでるじゃないか」
「ロイ様がちょっと抜けてるだけです」
セリナはわざとらしく頬を膨らませる。だが、その瞳は楽しげに輝いていた。
彼女のこうした仕草を見ると、いつも心が軽くなる。
◆
その時、偶然にも店の扉が開いた。
「おう、ロイ。まだ商売してるか?」
入ってきたのは、隣町トラヴィスから来ている同業者――ベルン商会のダリオだった。四十半ば、がっしりとした体格の大男。声も態度も大きく、だが憎めない笑顔を浮かべている。
「ダリオじゃないか。珍しいな、王都まで出てくるなんて」
「うちの倉庫に積みすぎた麻布をさばきに来たのさ。だが王都の連中は欲深い、値切りがきつい。やれやれだ」
二人は古い付き合いだった。幾度も商談で駆け引きをし、時に競い合い、時に協力してきた仲。
だからこそ、久々の再会に自然と笑みがこぼれる。
世間話が一段落したところで、ロイはふと切り出した。
「なあダリオ、次はいつ出発するんだ?」
「明後日だな。この先のグランツェルまで一気に行くつもりだ」
「……もし良ければ、俺とセリナも同行させてもらえないだろうか?」
その一言にダリオは目を細め、じっとロイを見つめた。
「王都の店を畳んでまで旅に出るつもりか?」
「畳むわけじゃない。息子に任せるだけさ。俺は――少し世界を見て回りたい」
すると、ダリオは大声で笑った。
「ははは! らしいな。ロイ、お前は昔から“面白い方”に転がる奴だった」
「で、どうなんだ?」
「構わんさ。護衛も雇ってある。荷馬車の一つぐらい、余裕がある」
ロイの胸に安堵が広がった。その横でセリナが小さくガッツポーズをしている。
「これでアラン様にも説明できますね」
「そうだな。商隊に紛れて旅を始めるなら、あいつも納得するだろう」
ロイはセリナの横顔を見やり、心の中でつぶやいた。
――やれやれ。結局、俺よりもしっかりしてるのは、この娘の方かもしれんな。
二人の新しい旅路は、こうして現実味を帯び始めたのだった。
商隊に同行することが決まり、旅路への第一歩を踏み出したロイとセリナ。
長年の夢を叶えるための旅は、決して平坦ではないだろう。
だが、支えてくれる仲間がいることは、何よりも心強い。
――やがて二人の物語は、商隊の行く先と共に、新たな展開を迎えていく。