第15話 広場に響く号令
二日酔いの朝、ロイとセリナはグレイモアの広場で冒険者たちの出立を目にする。
その中には、昨夜酒場で出会った女性冒険者の姿があった。
祈りと不安を胸に、二人は彼女の背を見送る。
滞在三日目の朝。
セリナが宿の部屋のカーテンを開けると、眩しい光が石畳を照らし、すでに外は賑やかな声であふれていた。屋台の呼び声、荷車を引く音、人々の笑い声――街の朝は早い。
だが、その活気とは裏腹に、ベッドの上でロイは布団をかぶったまま、うめき声をあげていた。
「……うぅ、頭が割れそうだ」
「旦那様、もうお昼ですよ」
セリナが呆れ顔で声をかける。
「悪い……二日酔いがひどくてな」
「昨日あれだけ飲めば当然です」
「いや、昔はこれくらいじゃ潰れなかったんだが……」
ロイがぼやくと、セリナはすかさず突っ込んだ。
「もう若くないんですよ」
「おいおい……容赦ないな」
「何言ってるんですか。まだまだ元気でいてもらわないと困ります」
セリナがふくれっ面で言うと、ロイは布団から顔を出し、しばし見つめ合った後、二人で思わず吹き出した。
笑いの中に、不思議な安心感と絆がにじむひとときだった。
◆
その時だった。外の広場から、大きなどよめきが響いてきた。
「……何だ?」
セリナは窓に駆け寄り、外をのぞき込んだ。
宿の目の前にある広場には、武器を背負い、鎧を身に着けた冒険者たちが次々と集まっていた。
剣士、弓兵、魔術師、槍を構えた者。どの顔も険しく、張り詰めた空気をまとっている。
「旦那様、広場が騒がしいです。……あっ!」
セリナが小さく声を上げた。
その視線の先に――昨日、酒場で見かけた女性冒険者の姿があった。
背に大剣を負い、破れたマントを翻し、列に静かに並んでいる。
変わらぬ瞳の強さが、朝の光に照らされて凛と輝いていた。
「あの方……」
「ああ、昨日の」ロイは眠気を吹き飛ばすように身を起こした。
「どこに向かうのでしょうか?」
「危険な任務って言っていたな……きっと街の外だろう」
◆
広場では号令が飛び交い、冒険者たちが整列を整える。
その様子を見下ろすセリナの心には、不安と祈りが入り混じっていた。
「昨日のガストンさんの様子……もしかして、あの女性冒険者のことを……」
「……ええ、私もそう感じました」
ロイの声は低く、どこか重かった。
その瞬間、セリナの胸に、昨夜のガストンの横顔がよみがえる。
豪快な笑い声の裏に潜んでいた、言葉にならない切なさ。
あれはきっと、この女性を思う気持ちゆえだったのだろう。
◆
出発の号令が響き渡った。
冒険者たちは一斉に動き出し、武具の音を響かせながら街の門へと向かっていく。
女性冒険者の背も、列の中に紛れ、やがて遠ざかっていった。
ロイはその背中を見送りながら、ぽつりと呟く。
「無事に帰ってきて……ガストンと一緒に、祝宴をあげてほしいものだな」
セリナは小さく頷き、その言葉を心に刻んだ。
街の喧噪の中、二人は窓辺に立ち尽くし、ただ静かに彼女の帰還を願っていた。
今回描いたのは「笑い」と「祈り」の対比。
ロイとセリナの日常の軽やかさの裏に、冒険者たちが背負う厳しい現実を重ねることで、物語の奥行きを広げた。
セリナにとっても、旅の世界が「夢」だけでなく「覚悟」に支えられていることを実感する一幕となった。




