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第14話 酒場に差す影

グレイモアの夜、旧友ガストンと語らうロイとセリナ。

酒場は笑いと温かさに包まれていたが、一人の女性冒険者の来訪がその空気を変える。

そこに見えたのは、冒険者の世界に潜む厳しい現実だった。

 夜も更け、グレイモアの街に明かりがぽつぽつと灯る頃。

 ロイとセリナは、ガストンの営む大きな酒場の片隅で杯を傾けていた。


「いやぁ、あの頃は本当に必死だったよな」

 ガストンが大きな手でジョッキを振りながら笑った。

「お前がまだ商人見習いで、帳簿の字もろくに読めなかった頃だ」


「やめろよ。あれは駆け出しの時期だったんだ」

 ロイは苦笑しながら肩をすくめる。


「旦那様にも、そんな時代があったんですね」

 セリナがころころと笑った。彼女にとってロイは、常に落ち着き払った頼れる存在だ。そんな彼にも未熟な頃があったというのが、妙に新鮮に思えた。


「あるとも。人は誰だって最初は未熟なもんさ」

 ガストンが腹の底から笑うと、酒場の灯りがさらに温かみを増したように感じられた。



 三人は昔話に花を咲かせた。

 ロイが若かりし頃、商人見習いとして王都を走り回っていた時代。

 数を間違えて大損したこと、取引先の名前を覚えられず先輩に叱られたこと。


「それでも、お前は負けなかった」

 ガストンはしみじみと語った。

「俺も当時は酒場の下働きで、毎日水くみと掃除に追われてた。でも二人でよく話したもんだ。『いつか大きくなってまた会おう』ってな」


「お互いに、本当にここまで来たんだな」

 ロイが静かに呟く。


「ああ、夢は簡単に諦めちゃいけねぇってことだ」

 ガストンは満足げに腕を組んだ。その瞳には、若い頃の情熱がまだ燃えているように見えた。


 セリナは横で二人の会話を聞きながら、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。

 ――旦那様にも、夢を追いかけた若い日々があった。

 そして今もこうして、仲間に誇らしげに語られる存在になっている。

 その姿に、憧れ以上の感情が胸の奥で形を変え始めていた。



 やがて夜も更け、店も閉めの時間が近づいてきた。

 客足は徐々に減り、笑い声も落ち着きを見せ始める。


 そのとき、静かな扉の音が鳴った。

 一人の女性冒険者が姿を現した。


 背には使い込まれた大剣。

 マントの裾は泥にまみれ、破れている。

 けれど、その瞳は曇りなく、迷いを知らぬ光を宿していた。


「……らっしゃい」

 豪快なガストンの声が、不思議と沈んだ調子に変わった。


 女性は黙ってカウンターに腰を下ろし、短く「酒を」とだけ告げる。

 ガストンは黙って酒を注ぎ、彼女の前に置いた。


 しばしの沈黙の後、低い声が落ちた。

「……行くのか?」


「ああ」

 女性はグラスを手にしながら答える。


「危険だぞ。今度の任務は、命を落とすやつが多いと聞いてる」

「わかってる。でも……自分にはこれしかない」


 その言葉に、ガストンは口を閉ざした。

 普段なら大声で笑い飛ばす彼が、この時ばかりは言葉を失っていた。



 ロイとセリナは少し離れた席でそのやり取りを耳にしていた。

 セリナは不安げにロイを見上げる。

「旦那様……あの方、何を……」


「……冒険者の世界には、俺たち商人にはわからない生き方があるんだ」

 ロイの言葉は静かで、どこか遠い響きを持っていた。


 セリナは胸を締め付けられるような感覚を覚えた。

 あの女性の強い目。その裏にあるのは、死と隣り合わせの生き方だ。

 自分には到底真似できない。けれど、だからこそ強く胸に残る。


 女性は一気に酒を飲み干し、立ち上がった。

「ごちそうさま。世話になった」


 ガストンは言葉を返さず、ただ深く頷いた。

 その横顔には、普段の豪快さとは違う切なげな影が宿っていた。



 ロイはその光景を目にし、思わず息をのんだ。

「……また来るよ」


 立ち上がり、ガストンに声をかける。

 セリナも小さく頭を下げ、二人は酒場を後にした。


 夜風が頬を撫で、街の灯りが遠ざかっていく。

 しばらく黙って歩いた後、セリナが小さな声で呟いた。


「あの方……強い目をしていましたね」


「そうだな。生き方に迷いがない目だった」

 ロイの声はどこか遠く、静かだった。


 セリナはそんな彼の横顔を見つめながら、自分の中に生まれつつある感情を確かめようとした。

 憧れか、尊敬か、それとも――。



 ――酒場の賑やかさの裏に潜む、冒険者たちの厳しい現実。

 それを目の当たりにした夜は、ロイとセリナにとって忘れられないひとときとなった。

この回は「縁」と「影」を同時に描いた。

ガストンとの温かな再会の裏で、命を賭ける冒険者の姿が二人の心に強い印象を残す。

セリナにとっては、旅が単なる憧れや楽しみではなく、厳しさと隣り合わせであることを知る出来事になった。

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