第13話 酒場での再会
グレイモアで束の間の休日を楽しむロイとセリナ。
訪れた酒場で出会ったのは、ロイがかつての商人見習い時代に縁を結んだ旧友だった。
再会の宴は盛大に、そしてセリナの胸には新しい想いが芽生え始める。
宿で身支度を整えたセリナは、昨日ロイに贈られた淡いクリーム色のワンピースに袖を通していた。
胸元や袖口にさりげなく施された刺繍が灯りに照らされると、柔らかな光沢を放ち、動くたびに生地がふわりと揺れる。
普段は孤児院時代から馴染んだ質素な服ばかりだった彼女にとって、それはまさに「特別」と呼ぶにふさわしい一着だった。
「……どうだ?」
椅子に腰掛けていたロイが顔を上げ、じっと彼女を見やる。
「とても……素敵です。こんな服、着たことありません」
セリナは頬を赤く染め、指先をもじもじと動かしながら答える。
「よく似合ってるよ。じゃあ、このまま街の酒場で一杯やろうか」
「はいっ」
セリナは嬉しさを隠しきれない笑顔を浮かべ、胸の奥がぽっと温かくなるのを感じていた。
◆
二人が足を運んだのは、街の中心近くにある大きな酒場だった。
石造りの建物からは昼間から賑やかな声が漏れ、扉を開けば香ばしい肉の匂いと、酒場特有のざわめきが押し寄せてくる。
「わぁ……活気がありますね」
セリナは目を丸くして見回す。
「グレイモアで一番だと聞いてたが、さすがだな」
ロイも感心しながら席についた。
給仕が運んできた料理はどれも香り豊かで、香辛料の効いた焼き肉、根菜を煮込んだスープ、焼きたての黒パン。
二人は「美味しいですね」「これはなかなかだな」と顔を見合わせ、楽しげに箸を進めていった。
セリナはふと周囲を見回した。人々の笑い声に包まれ、歌い出す客もいる。孤児院育ちの彼女にとって、こうした賑やかな空間はまだ慣れないが、ロイが隣にいることで不思議と心強さを覚えていた。
◆
その時だった。
ロイの目が厨房の奥で忙しく立ち回る一人の男に留まる。
客に的確に指示を出し、時に豪快に笑い、時に厳しい声で従業員を叱咤するその姿は、まさに「やり手の店主」といった風格だった。
「随分とやり手だな」
「はい。本当に素晴らしいです」
セリナも目を細めて頷いた。
そして偶然にも、その男が彼らの席に酒を運んできた。
「お待たせしました――ん? ……おいおい! ロイさんじゃねぇか!」
豪快な声にロイが驚いて顔を上げる。
「その声……やっぱり、お前……ガストンか!」
「そうだよ! まさかこんな所で再会するとはな!」
ガストンと呼ばれた男は笑いながらロイの肩を叩き、そのまま力強く抱き寄せた。
「うおっ、ちょっと酒がこぼれるだろ!」とロイが慌てると、周囲の客たちは「なんだなんだ?」「知り合いか?」と興味津々に二人を見守る。
◆
「昔な、ロイがまだ商人見習いの頃、よく俺が働いてた安酒場に通ってきてたんだよ。その頃から『俺は必ず大商人になる』って夢を語っててさ!」
ガストンが笑いながら説明すると、客席からも「へぇ~」「いい話だ」と声が上がった。
「お前こそ『俺は絶対に自分の店を持つ』って言ってただろう。こうして繁盛させてるんだから大したもんだ」
「ははっ、夢を叶えたってことだな!」
二人の昔話は酒場の雰囲気をさらに盛り上げ、拍手や歓声が飛び交う。
セリナは隣で静かにロイを見つめていた。――普段は穏やかで落ち着いた旦那様が、こうして昔の友人と肩を並べ、笑い合う姿。
その表情はどこか誇らしげで、頼もしさを一層際立たせていた。
胸の奥が温かくなり、同時に少し苦しい。
憧れの気持ちが、少しずつ別の色を帯びていることに、彼女自身も気づき始めていた。
◆
「今日は特別だ! こいつの勘定は全部俺持ちだ!」
ガストンが高らかに宣言すると、店内は「おおーっ!」と拍手と歓声に包まれた。
「おいおい、相変わらず豪快だな」
「当たり前だろ! 友との再会を祝わずして、何が酒場の親父だ!」
ジョッキが何度も打ち鳴らされ、笑い声が絶えない夜となった。
料理と酒を味わいながら、ロイは懐かしい日々を語り、ガストンはそれに応じるように昔話を重ねる。
セリナは二人のやり取りを聞きながら、心の奥で一つの思いを抱いた。
――旦那様は、ただの商人じゃない。夢を追い続け、仲間に慕われ、過去にも多くの縁を紡いできた人なんだ。
その思いが彼女の胸を締め付け、やがて静かな憧れから確かなときめきへと変わっていく。
◆
夜が更け、酒場を出る頃には街の灯りもまばらになっていた。
セリナは胸に小さな高鳴りを抱えながら、隣を歩くロイの背中を見つめ続けていた。
今回描いたのは「過去と現在をつなぐ縁」。
ガストンという友人の登場で、ロイの人となりがより立体的に浮かび上がり、セリナが彼を憧れ以上に意識し始めるきっかけになった。
大きな事件はなくとも、こうした小さな出会いが旅路を豊かにしていく。




