第12話 街角の贈り物
グレイモアの街で、ロイとセリナは束の間の休日を楽しむ。
屋台を巡り、街を歩き、そして立ち寄った洋服屋でロイが贈った一着の服。
その小さな出来事が、二人の距離を少しだけ縮めていく。
翌朝。
宿屋の窓から差し込む朝日が、木の床に柔らかな色を落としていた。
昨日までの長旅の疲れも一晩の休養でずいぶん癒され、セリナは新しい一日を迎える期待で胸を高鳴らせていた。
「今日は……街を歩いてみませんか?」
宿の食堂で軽く朝食を済ませたあと、セリナが少し遠慮がちにそう切り出した。
「いいな。俺もそう思っていたところだ」
ロイは微笑んで頷く。商隊の荷整理は今日明日で済む予定だし、束の間の自由時間は有効に使いたい。
二人は連れ立って石畳の道へと出た。
◆
グレイモアの街並みは、王都ベインハルトほど巨大ではないが、商業都市らしい活気に溢れていた。
通りには旅人や商人、街の人々がひっきりなしに行き交い、屋台や露店が所狭しと並んでいる。
「わぁ……見てください旦那様! あれ、焼き菓子みたいですよ!」
通りの角で、香ばしい匂いを漂わせる屋台を見つけたセリナが、目を輝かせて声を上げる。
「おお、いい匂いだな。……つまみ食いでもしてみるか?」
ロイが冗談めかして言うと、セリナはくすりと笑った。
「ふふっ、子どもみたいですね」
彼女の笑顔を見て、ロイの胸の奥に温かなものが広がった。
長旅の疲労や危険の中でも、こうして笑い合える時間がある。それは彼にとって何よりの宝物だった。
◆
通りを歩くと、香辛料を山のように積んだ店、鮮やかな花束を売る少女、精巧な木彫りの工芸品を並べる露天商――あらゆるものが目を引いた。
セリナはきょろきょろとあたりを見回し、興味深そうに立ち止まる。その様子はまるで旅慣れた大人と、初めて街を訪れた少女の対比のようで、ロイは微笑ましく彼女を見守っていた。
ふと目に入ったのは、通りの一角に建つ小さな洋服店だった。
外見は素朴だが、店先に吊るされたドレスや上着はどれも丁寧な仕立てで、庶民的ながらも品のある佇まいを見せている。
「セリナ、ちょっと寄ってみないか」
ロイが声をかけると、セリナは驚いたように目を丸くした。
「え? でも、私……」
言いかける彼女を遮るように、ロイはためらわず店の中へと足を踏み入れた。
◆
木の香りが漂う店内には、色とりどりの布や衣服が並んでいた。
ロイはその中から一着のワンピースを手に取る。
淡いクリーム色に白い刺繍が施されたその服は、控えめでありながら清楚な美しさを放っていた。
「……これなんか、いいんじゃないか」
ロイは振り返り、セリナに差し出した。
セリナは一瞬目を見開き、慌てて首を振った。
「だ、旦那様……そんな、もったいないです」
「遠慮はいらない」ロイは穏やかに笑った。「似合うと思ったんだ。旅の途中でも、こういう楽しみは必要だからな」
セリナの心臓がどきりと跳ねる。
――似合うと思った。
その言葉が耳に残り、頬に熱が集まっていく。
◆
店員が勧めるままに試しに袖を通してみると、セリナの姿はまるで別人のように映った。
普段は元気で少し幼さを残す少女の印象が、ワンピースに包まれることで落ち着いた大人びた雰囲気へと変わる。
「お嬢さん、とてもお似合いですよ!」
店員の声に、セリナは恥ずかしそうに視線を落とした。
「……ありがとうございます。大事にしますね」
小さな声でそう告げたセリナの笑顔は、ロイの胸をじんわりと熱くした。
彼女はまだ自分の変化に気づいていない。けれどロイには、その瞬間、セリナがひとつ大人へと踏み出したように見えた。
◆
買い物を終えて店を出ると、街は夕暮れの色に染まり始めていた。
石畳の道に長い影が伸び、通りを行き交う人々も家路を急ぐように歩みを早めている。
セリナは胸に新しい服を抱きしめながら、小さく呟いた。
「……本当に、嬉しいです」
「それなら良かった」ロイは優しく答える。「旅は長い。辛いこともあるだろうが、こういう思い出があれば支えになる」
「はい……」
セリナは俯き、頬を赤らめながら頷いた。
その胸の奥には、言葉にできない温もりと、ときめきが芽生えつつあった。
今回は大きな事件は起きなかった。
だが、旅の途中で何気なく過ごした時間が、確かな絆を形づくっていく。
贈り物という小さな出来事は、やがてセリナの心に大きな意味を持つだろう。




