第11話 グレイモアの街へ
十日間の道のりを経て、ついに商隊は大都市グレイモアへ到着する。
門をくぐった先に広がるのは、人と物が溢れる賑やかな世界。
ロイとセリナにとって、新しい旅の舞台が始まろうとしていた。
商隊一行は、その後も大きな問題に巻き込まれることなく、順調に街道を進んでいた。
朝に荷をまとめ、昼に走り、夕方に野営する――その繰り返し。道中、いくつかの村に立ち寄って水や食料を補給し、情報を集めながら進んだが、大きな事件は起きなかった。
けれど、平穏の中にも旅の彩りはあった。
途中、村人から干した魚や乳製品を分けてもらったり、夜には地元の子供たちが踊りを披露してくれたり。
セリナにとってはその一つひとつが新鮮で、胸の奥に刻まれる初めての体験となった。
◆
そして出発から十日目の昼下がり。
丘の向こうに、石造りの城壁が遠く姿を現した。
「やっと着いたか……」
荷馬車の上から街を見下ろし、ロイがしみじみとした声を漏らした。
「ここが……グレイモアの街ですか!」
セリナは目を輝かせた。憧れの舞台を初めて目にする少女のように、城壁を凝視する。
高くそびえる城壁。門の前に列をなす旅人や商人。門番の掛け声、荷車の軋む音。
それらが一つのざわめきとなって街の中へと吸い込まれていく。
◆
「ここに五日間滞在し、荷を整えてから次の街──そうだな、グランセルへ向かう予定だ」
先頭を行くダリオが振り返り、豪快に笑った。
「五日後だな」
ロイが頷く。
「はい」
セリナも真剣な顔で返事をするが、胸の奥は期待で高鳴っていた。
王都ベインハルトに次ぐ規模と聞くグレイモアの街。その大通りを歩くことを想像するだけで胸が躍った。
◆
門をくぐった瞬間、城下町独特の匂いと活気が一気に押し寄せた。
香辛料の刺激的な香り、焼きたてのパンの甘い匂い、肉を炙る煙の香ばしさ。
商人たちが張り上げる声、子供の笑い声、馬の嘶き。すべてが混じり合い、巨大な街の息吹となって二人を包み込んだ。
「すごい……!」
セリナは思わず小さな声を漏らす。
そんな彼女を見て、ロイは柔らかく微笑みかけた。
「じゃあ、街を少し見て歩くか?」
「え? いいんですか?」
「五日も滞在するんだ。まずは雰囲気を掴んでおくのも悪くないだろう」
セリナはぱっと表情を明るくし、嬉しそうに頷いた。
◆
二人は石畳の大通りへ足を踏み入れた。
広場では大道芸人が火を噴き、子供たちが歓声をあげている。
道端には果物を売る商人、旅人相手に地図を広げる老人、香油や布を並べる露店。
人々の喧騒と笑顔が街を満たしていた。
「賑やかですね……」
「商人にとっては、これくらいがちょうどいいんだよ」ロイが笑う。「人と物が集まってこそ街は潤う。逆に静かすぎる街は、滅びの兆しかもしれない」
「……なるほど」
セリナは感心したように頷き、横顔のロイを見つめる。
――やっぱり旦那様はただの旅人じゃない。商人としての経験と知恵が、言葉の端々ににじみ出ている。
頬が少し熱を帯び、胸がきゅっと締めつけられる。
◆
夕暮れが迫る頃、一行は街の中央にある大きな宿へと案内された。
豪華な木の扉、二階建ての堂々とした建物。中からは食器の音や人々の笑い声が漏れてくる。
「さて、五日間はここが拠点だ。思う存分休め!」
ダリオが声を張り上げ、仲間たちは「おお!」と応えた。
ロイは深く息を吐く。
「しばらく落ち着けそうだな」
「はい……」
セリナも安心したように微笑んだ。
長旅の緊張から解放され、ようやく肩の力を抜くことができる。
こうして二人にとって初めての大きな街での滞在が始まった。
穏やかな旅路を経て辿り着いた大都市。
ロイは商人としての知恵を語り、セリナはその姿に新たな憧れを抱く。
次の五日間の滞在は、二人にどんな出会いをもたらすのだろうか。




