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甕に帰る狸  作者: futan
第一部 傾聴
3/25

2

デイサービスのエントランスへ送迎車を乗り入れ、垂井さん達を降車させていると介護職員の小野さんが出迎えついでに耳打ちをしてきた。

「紀田村君大変よ!柏木さんが行方不明だって」

「またですか、今月に入ってもう五人目ですよね」と言うと一瞬、間が開く。

「えっ・・・。何、何を言っているの」小野さんは怪訝な表情を浮かべた。

「そんなに行方不明になっていたら全国レベルの重大事件よ。何処から五人なんて人数が出て来るのよ。寝惚けてる?」

「えっ・・・、いや、あの・・何かと勘違いしたみたい」と慌てて誤魔化す。

「何かの犯罪に巻き込まれているのかな。柏木さんには徘徊とかは無かったわよね」

小野さんはワイドショーのゴシップニュースを見るみたいに好奇に目を光らせ何処か独り言のように話し掛けてきた。

 ホールからトイレコールが鳴り響く。

「多分志賀さんよ。昨日マグミット飲み過ぎたらしいの。もう朝から大変なのよ」

ああと頷く。志賀さんは自身の服薬の管理も怪しくなってきたのかな。マグミットは便を緩くする薬だ。飲み過ぎれば下痢にもなるだろう。

 小野さんは利用者用トイレへ向かい走り去った。彼女は二ヶ月ほど前に入った四十過ぎの介護士だ。この町に新居を構えた事もあり近所のこのデイサービスへ入社してきた。噂付きの元気なおばちゃんだ。小野さんの後ろ姿を見送りながらまただと呟く。

 この町ではこの所、沢山の行方不明事件が起きていた。だがそれは表に出ることはなかった。警察も捜査しないし新聞にも載らなかった。事件自体が消滅してしまうからだ。

 最初の事件は一年程前に徘徊症状のある利用者の一人が行方不明になった。家族も警察に届けたり近隣を探し回ったりしたが翌日には家族ごと消えていたし警察でも行方不明の届け出など無いと言う事になっていた。施設でもその利用者を知っている職員は自分を除いて誰一人としていなかった。事件当時は騒ぎもしたが施設長や他の職員に心を病んだと思われカウンセリングを受けろとか入院寸前までの騒ぎになった。もちろん納得がいかなかった。施設のケース記録を探してみたが記録は無く過去の記録を遡り調べてみたが該当する利用者はいなかった。初めから存在してはいなかった証拠だけが積み上げられていくばかりだった。

 では自分の持っているこの記憶はなん何だろう。自分が創りあげたモノなのか。自分は精神を病んでいるのかと当初は真剣に悩んだがいつの間にか自分でも不可解な程気にならなくなっていった。これも症状の一つかも知れない。それはそれでまずいなと思い一度受診にでも行こうかと考えていた矢先、半年ほどの間にまた行方不明事件が起き始めていた。それも立て続けに。前回の事件と同様自分だけが行方不明者の名前やプロフィールの記憶を持っていた。当然のごとく前回の事件と同じく施設にも記録は無かった。何故自分だけ居もしない人達の記憶が有るのだ。やはり心を病んでいる為の妄想に捕らわれて居るのだろうか。おまけに死人まで見え始めて来ている。

 医者へ行かなければ・・・。自分の心は壊れかけているのかも知れない。

「紀田村君、ボーッとしてないで。今日は忙しいのよ」の声に振り向くと汐原主任がこちらを睨んでいた。

 汐原主任から今日は職員に一人欠勤が出たので片岡さんの特浴に入ってくれと指示が入る。片岡さんは女性なのだが介助に入ることになった。入浴介助の基本は同性介助なのだがシフトの都合や女性利用者が七割近いこのデイサービスではやむなく異性介助にならざるを得ない。

「真田さんのお子さん、また熱が出て今日はお休みになったのよ。仕方の無いことだけど困ったわねぇ。それに円山君も虐待研修に出掛けちゃっているし。大変、大変」と言いながらホールへ小走りで駆けて行った。まだ小さな子供を持っている職員が多いこのデイサービスでは急な休みで職員が欠ける事が往々にしてあり大半が女性職員を占めるこの施設では珍しく無い事だ。

 大急ぎで送迎車を片付け浴室へ向かい入浴介助用のユニフォームに着替え準備を始めた。

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