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甕に帰る狸  作者: futan
第一部 傾聴
1/25

プロローグ 怪奇蛙男

 一組のカップルが途方に暮れ夜空を見上げていた。突然の天候の急変に驚いていた。先程までの体にまとわり付くようなこってりとした霧が突然晴れわたり、澄み渡った夜空には濃紺の闇が広がり星々は鋭い光を放っていた。辺りは見渡す限りの湖と葦原が広がっていた。

「ここは何処なの」

女が呻くように呟いた。

「迷ったのかな?いや、国道を真っ直ぐ走って来たはずだなんだ。一本道だから間違いようがないんだ」と男は不安を声に乗せ周囲を見渡した。周りは重い闇に包まれ光が一点も見えない。光源は車のヘッドライトと信じられないくらいに輝いている夜空の星々くらいだった。ヘッドライトに照らし出された葦原が生臭い不快な風に揺れている。ほんの十数分前まで彼らは国道49号線を新潟から亀田へ向かい真っ直ぐに走っていたが突然湧き出した霧に呑まれた直後に異常な振動を感じ慌て車を止めた。 

 車窓から外を見るといつの間にか霧は消え自分達の身長よりも高い葦原に囲まれていた。外の様子を見るため二人は恐る恐る車外へ出てみたものの葦原を透かし見える湖沼では時折何かが水に飛び込むような水音が聞こえ、足下には消え残った霧が揺らいでいた。

 来た道を振り向けば国道は消え葦に囲まれた野道が続き車の轍がテールランプに赤く染められ数メートル程照らし出され闇へ溶け出していた。国道がいつの間にか野道に変わっている。

「スマホが繋がらないよ。車のGPSも駄目だ」「私のも駄目だわ」女は必死にスマホを空に翳し腕を彷徨わせ電波を探した。まるで体の一部が消えたような騒ぎようだ。二人とも状況を理解出来ず呆然とするばかりだった。

 後ろでベチャッとずぶ濡れの雑巾を落とすような音が聞こえ、物音に振り向くとフロントグラスにベッタリと粘液状の物を擦り付けられた跡が残っている。

「なん何だよコレ。気持ち悪いなぁ」

男が嫌悪の表情を浮かべ車を見ていると「ねぇ!誰かいる。車の脇」と女は男の腕に飛びつきしがみついた。

 車の脇に佇む人影が見える。その人影は歪で異常なほど大きく妙な形の頭をしていた。二人は目を懲らし人影を見つめた。ヘッドライトの光軸から外れている為姿は殆ど見えないが何者かが佇んでいることが辛うじて分かった。

「そうだ、道を聞いてみようか」と男が言い出した。大丈夫かと言うように女は男の腕を引く。

「あのう、道に迷っちゃったみたいで。ここがどこか教えてもらえますか。スマホも繋がらなくなっちゃって・・・」と男は照れ臭そうな表情を浮かべた。

 人影からは返事はなく異常なまでの生臭い臭気が漂ってくるだけだった。女は思い出したようにスマホをライトモードすると人影を照らした。照らし出された人影に男も女も目を丸くし固まった。女は小さな悲鳴を漏らすと男の腕に一層強くにしがみついた。

「やだっ、何!この人、コスプレしている」

 蛙が立っていた。

 スマホのライトに照らされ浮かび上がった人影は蛙のコスプレと言うより着ぐるみだった。それもかなり良く出来たリアルな着ぐるみだ。蛙が二足歩行をすればこんな姿になるに違いないと思わせる説得力がある。表皮も蛙そのものでぬめり感があり、わずかな光源の中でぬらぬらと光を反射していた。

 スマホの光を反射した真っ黒な蛙の目がカップルをじっと見つめていた。男は今の異常な状況よりリアルなコスプレ姿の人影に興味が注がれていた。

「スッゲェー、良く出来ているなぁ。本物みたいだぜ。しかしデッカイ着ぐるみだなぁ」と目を輝かせ男は近づいていった。

 一瞬の出来事だった。ギョロリと蛙の目が動いたかと思うと、近づいて行った男を丸呑みにした。一口で男は臍から上まで呑み込まれ、口からはみ出した両足がジタバタと宙を泳いでいる。蛙の目に瞬膜が瞬くと蕎麦でも啜るようにずぞっと呑み込まれていった。パクパクと口を動かし、少しはみ出ていた舌を引っ込めると呑み込まれる時に引っ掛かっていた左足の青いスニーカーがこぼれ落ちざわざわと風に鳴く芦原の闇へ消えていった。

 目の前の信じ難い光景に女はこれ以上ない程に目を見開き口は何かを絞りだそうと大きく開いていた。腰を引き前屈みになると肺の底から悲鳴を吐き出した。渾身の叫び声が葦原に響き渡った。「ぎゃああああぁぁぁ・・・」

 蛙は瞬膜をぱちくりと閉じたり開いたりしながらゆっくりと女に近づいて来た。つい今しがた口へ入れた物を味わっているようにパクッパクッと蛙は口を閉じたり開いたりしている。長さ三十センチ以上はあるかと思われる舌がだらりと垂れ下がる。

 女は「ひえっ」と声をあげ震え力の入らない足を必死で動かしその場から駈け出した。自分でも初めて聞くような唸り声を上げ滅茶苦茶に手を振り回し、葦をかきわけ必死で進もうとするが隙間無く群生する葦が邪魔し思うように進めない。葦の鋭い葉は女の顔や腕に手の平に容赦なく切り傷を増やしていった。それでもかまわず腕を振り回し身体をよじり死に物狂いで葦原の中を進んで行った。滅茶苦茶に振り回す手や腕への葦の葉による鋭い痛みが不意に消えたかと思うと途端に開けた湖沼の畔に転げ出た。這いずり回りながら目を血走らせ恐々として唸りながら振り向くが蛙の姿は見えない。しかし一息つく間もなく葦原からガサガサと音が聞こえてくる。音に怯え飛び起き駈け出すが左足に激痛を感じ再び倒れ込んでしまう。呻き、左足の裏を見ると血がべったりと滲んでいた。刈り取られた葦の鋭い切り口がサンダルの薄いソールを突き破り足の裏を突き刺していた。激痛で動けない。葦原からは不規則にガサッガササと音が耳に届いてくる。這うように進もうとするが刈り取られた葦の切り口が無数に続き今度は掌や膝に突き刺さる。それでも女は葦の切り口など気にせず必死で這うように進み逃げることを諦めなかった。しばらく進むと針の山のような葦の刈り取り跡は終わり水辺に出た。左足を引き摺り全身の痛みに耐えながら進んで行くと刈り取られた葦束が数束置かれていた。その束は真ん中が開いており舟の形に似ていた。肩を震わせ息を切らせながら周囲を警戒し見渡すが気配は感じられなかった。腰を降ろし葦の束に寄り掛かると深い溜息が漏れた。

 体中の激痛に耐え空を仰ぎ見た。沢山の星が瞬く美しい夜空だった。もう動けない。血が滲み震える両腕で自分を抱きしめる。

 鼻を突く生臭さが辺りに漂い始めた。臭気濃度が徐々に強くなってくる。ベトン、ベトンと近づく湿った足音と共に。

チャンネルミュージアム配信用番組

「都市伝説クロニクル 怪奇!蛙男(仮題)」オープニング映像用原案 

 スタジオパルプマガジン制作


大至急目を通されたし 羽間

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